10 執事な二人

1/2
553人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ

10 執事な二人

「これを俺たちでやるのか。しかしなぜ?」 「先輩。それをこれから僕が説明するんですって!」 私立高明学院中等部生徒会室。会議中の生徒会長、中等部三年の財前太郎に一年の雨宮は口を尖られていた。そこに三年の百合子も参戦した。 「太郎さん。話を最後まで聞いてよ」 「全く。いいですか」 雨宮の説明によると、地元の企業から中等部にボランティアの機会をあげたいという申し出があったいうことだった。 「なぜ向こうからそんな話を?」 「それはね太郎さん。いろんな狙いが有るのよ」 パソコンに向かっていた副会長の玲は、仲間の方をやっと見た。そして話を続けた。 「生徒がボランティアをしている様子を保護者が観に来る。それが店舗であれば商品が売れるでしょ」 「まさか?俺たちは客寄せパンダだというのか」 「そうだね。他には地元テレビではニュースになるし。会社の宣伝になるのよ」 玲のあっさり話に太郎は頭を抱えていた。 「あんまりじゃないか。純粋な中学生のガラスのハートを。汚い大人の手で汚すとは」 そんな太郎に玲はけろりとした顔で飲み物を飲んだ。 「そう??でもこれって成績の欄を埋めたいからボランティアをしたい生徒がいるはずだよ」 「ところがですね。先輩」 雨宮の話によると誰も立候補がいない地元店があるということだった。雨宮は顧問に、この不人気店に行くように指示されたとこぼした。 「誰も行きたがらないのには理由があるのだろうな。顧問の奴。俺たちを生贄にする気か?」 「玲ちゃん。どうしよう?パワハラとか、いじめのお店だったら」 怖がって制服のシャツを摘んできた百合子に玲は微笑んだ。 「平気だよ。どこに行っても常にスマホで録画して、会話も録音しておけばいいんだよ?」 「録画?」 「うん。この私のペンだって、録音装置だよ。それにね。このポケットには新しいスタンガンが」 楽しそうに話す玲のまるで殺し屋の用意に、太郎は目を丸くした。そこに雨宮が手をパンと叩いた。 「……さすが鳴瀬先輩。僕、先輩と一緒にボランティアしたいな」 「私も!玲ちゃんと同じがいい!」 「どうしようかな」 ここで玲はその問題先の店を確認した。珍しく彼女は眉を釣り上げた。 「……私はこっち。この市場に行く」 「え。でも、こっちの店はカフェですよ?先輩」 しかし玲は行かないと首を横に降った。そして百合子も玲と一緒がいいというので決定したのだった。 「カフェとは。しかしだな、俺は何一つできないぞ」 「僕はお茶くらいは淹れられますけど」 「太郎さんは自分でなんとかするしかないね」 「……鳴瀬玲。我が永遠の幼なじみよ」 突然、生徒会室の床に財前は片膝をつけ、玲を見つめた。彼女は冷たい目で見ていた。 「どうか。俺に力を与えてくれ。俺は、お前がいないと何もできない。エンジンのない車のようなものだ」 「……」 「鳴瀬。この俺の腕の傷を忘れたか?お前が手を離した時に転んで縫った傷痕だ」 「……カフェのバイトならなんとかなるよ。太郎さん、見た目は悪くないから」 「気休めをいうな!俺は自分をよく知っている。それに、これは高明のためでもあるのだ」 学校を代表してくるのにあまりにも不出来であれば、イメージを損ねてしまうと太郎は目を瞑った。 「確かに。玲ちゃん。太郎さんにはハードルが高いよ」 「先輩。せめてお知恵をくださいませんか。僕、財前会長のお世話は無理です」 「……太郎さん。面を上げて」 チワワのような目で自分を見つめる太郎に、玲は真顔で答えた。 「わかったよ。私に任せて」 「本当だな?裏切ったらハリセンボンだぞ」 「わかってるよ。さあ。今日はこれでおしまいね」 こんなゆるい話で、とうとう当日を迎えた。太郎と雨宮は、現地に行けばわかるとだけ言われてとあるビルにやってきた。 「なんだこのビルは」 「全部、執事喫茶なんですね」 ドキドキでエレベーターで上がった二人は、開店前、指定されたカフェの扉を開けた。 「頼もう……」 「財前会長。違いますよ!すいません。僕たち今日お世話になる社会科見学なんですけど」 すると奥から長身の素敵な男性が現れた。 「おお。君達か。どうぞよろしく」 爽やかな笑顔の彼はアルフレッドと名乗った。亜麻色の髪にインテリな匂いの雰囲気に雨宮はうっとりしていたが財前はまだキョロキョロしていた。 「今日は君たちに執事をやってもらいます。君達の指導者は……おい!早くこっちに来い」 「わかってるよ……あ?太郎じゃねえか」 「兄上殿?!」 執事喫茶『ローズガーデン』。本日、鳴瀬優介もバイトにやってきたと説明した。 「そうか。なんか玲がそんなことを言っていたな」 「兄上殿が執事……。恐れ多いことです」 「知り合いか?じゃ、話が早い」 翔は軽く説明し、二人に執事服を着せた。 「財前君は黒のスーツがよく似合うな。雨宮君はこっちのシルバーを着てごらん」 「自分はこのような服を着たことがありませんが。着心地が良いですね」 そんな太郎に翔は微笑んだ。 「一応、上質のスーツだからね。それに、雨宮君も背筋が通って姿勢が綺麗だね」 「ありがとうございます」 ここで翔は二人の履歴書的な資料を読んだ。 「二人とも優秀なんだね。雨宮君は華道の家元のご子息でフィギアスケートの選手。財前君は全国模試で一位の経験か。すごいな」 この資料を優介が覗き込んできた。翔は首を横に傾げた。 「ところで。優介、お前この二人とお前はどういう関係なんだ」 「ん?太郎は玲の幼なじみなんだよ。近所だし」 「違います。兄上殿は私の命の恩人なんです」 子供の頃。野犬から助けたくれた優介を太郎は奉っていると話した。 「奉っている?そこまで?」 「はい。尊敬を飛び越しておるのです」 「それはもう良いって言ってるだろう。全くお前はしつこいな」 「はいはい。そろそろみんなに紹介したいんだけど。あれ。可愛いじゃないの」 やってきたロッシは太郎と雨宮の頭を撫でた。 「よしよし。今日はお兄さんと仲良くしてね。それよりも。二人の名前は?」 「そうだった。会ってから決めようと思ってたんだっけ」 こんな翔とロッシに太郎は挙手をした。 「恐れ入ります。ちなみに兄上殿はどういう執事名で?」 「ん。俺か?蘭丸だよ」 「和名?和名もありなのですか」 驚く太郎を無視した翔とロッシは、話し合いをしていた。そして二人の名前は決めてたと言い、他のスタッフに紹介した。 「みんな。今日の社会科見学の桃太郎とクリストファーだ」 よろしく!と拍手の中。太郎がちょっと待ったと手をあげた。 「すいません。どっちが桃太郎なのでしょうか」 ロッシは太郎だと話した。 「雨宮君がクリストファー。だけど長いからクリスね」 「はい」 「あの。なぜ、自分は桃太郎なのでしょうか」 「太郎。それは俺が決めたんだ。それでやれ」 「兄上どのが?では御意でございます」 こうして挨拶が済んだ後、二人は接客の仕事を優介から説明受けていた。 「良いか。お客様が入ってきたら、こうやってエスコートをしてだな」 「はい」 「僕たちが上着を預かるんですね。これはどこに置くんですか?」 「ああ。それは」 「兄上殿。どの席にするのか、私が決めてよろしいのですか?それと、店の前にクーポン券の利用について明記されておりましたが」 「あ、あの、それは」 「蘭丸様。お帰りの時はどこまでお見送りするんですか?それと」 質問攻めの優介が固まりかけた時、翔が来て説明してくれた。 「と言うわけだ」 「左様でございますか」 「僕もわかりました」 「さすが高明学院。話が早いな。玲みたいだね」 優しく微笑む翔に、太郎はやっと質問した。 「あの。アルフレッドさんはうちの暴れん坊の玲を知っているのですか」 「鳴瀬先輩もここに来たことがあるんですか?」 「暴れん坊?まあ。ああ。社会科見学をしたんだよ。それはもう、大活躍でね」 愛しそうに話す翔に、太郎と雨宮はなぜかモヤモヤしていた。 「そうですか。彼奴(やつ)がそんなに活躍を」 「でも僕たちはもっと頑張りますから。あ。時間ですね」 こうしてカフェは開店となった。まず二人は蘭丸の接客を見習う形になっていた。 「ようこそ。お嬢様。こちらの席にどうぞ」 蘭丸のエスコート。これに太郎は密かにささやいた。 「雨宮。あれはどう見ても六十歳代だぞ?それをお嬢様ってどうかしてないか」 「静かに!これは仕事なんですよ」 「だがな。あんなに腰が曲がっているのに。背中にクッションをお勧めした方が」 「黙って!」 やがて。忙しくなってきたので桃太郎もクリスもお客様を席にエスコートするようになった。 「ようこそ。お嬢様。こちらの席に」 「ありがとう」 そして太郎はお水を出した。 「ご注文が決まりましたらどうぞ」 「決まっているの。ええと。ラブラブサンドイッチ、そして、悪魔のチョコレート。それと、飲み物はそうね、乙女の七色ジュース」 「かしこまりました」 太郎は注文を書いたメモをロッシのいる厨房に運んできた。 「オーダーですけど。こんなに食べて良いのでしょうか」 「構うことないさ」 「ロッシさん。あのですね」 自分はどうしても美辞麗句が言えないと太郎はこぼした。これにロッシは微笑んだ。 「桃太郎は考えすぎ?だったらさ。反対のことを言えば良いさ」 「反対の言葉」 「はい。これは五番テーブルに」 「こんなに?!」 女子の食欲に驚く太郎はテーブルに料理を運んだ。 「お待たせしました。バケツプリンです」 「うわ?美味しそう」 キャッキャと喜ぶ中年女子は、こんな太郎に悩みを話し出した。 「桃太郎さんは、彼女いないの?」 「おりませぬ」 「私、ふられたばっかりでさ。今日はその失恋祝いって奴なのよ」 そう言って彼女は大きな口でプリンを食べていた。太郎は慰めないといけないと思い、言葉を選んだ。 「左様でございますか。相手の方は損をしましたね」 「え?」 「だって。あなたのような素敵な女性を振るのですから。あとで相当後悔すると思いますよ」 「そ、そうかしら」 嬉しそうな彼女に頭を下げた太郎は、よそのテーブルに呼ばれた。長身の彼は中学生には見られていなかった。 「ねえ。聞いてよ。婚活しているのに。私ちっともうまくいかなくて」 「お客様がお美しいので。相手の方が恐縮するのではありませんか」 「え」 真顔の太郎に客はドキとしていた。 「必ず朝が来るように。きっと貴方様にもいつか理想の相手が現れます」 「そ、そうね」 「ではごゆっくり」 こうして嘘つき太郎のトークが受けて、店は和やかになっていた。その間、雨宮も奮闘していた。 「どうぞ。お嬢様」 「まあ?あなたにそう言われると恥ずかしいわ」 小柄な彼のピュアな笑顔に熟女は微笑んでいた。スケート選手の彼の動きが綺麗なので女客は目で追っていた。 そんな中。二人はアルフレッドに呼ばれた。 「いいか。あのテーブルにいる女性だが、彼女はこのビルの主だ。これから挨拶をするが粗相のないように」 「御意です」 「承知しました」 恐る恐る近づいたテーブルには香水の匂いをプンプンさせた熟女、通称ピンクレディが座っていた。 「大奥様。二人が新入りです」 「お初にお目にかかります。拙者、桃太郎と申します」 「初めまして。僕はクリストファーです」 「あなたたちが高明の子ね」 賢い男子に執事をさせてみたかったとレディは微笑んだ。 「そして。いかがですか。体験してみて」 「はい。大変貴重な勉強の機会をいただきました。女性の心の闇。さらには強欲さを知ることができ、今までの自分がいかに人の上辺しか見ていなかった、と反省し胸がちぎれる思いです」 「そんなに?」 続けて雨宮が話した。 「奥様。僕はこの執事喫茶が女性たちの心の拠り所となっていると思いました。世の男性はもっと女性のストレスについて考えるべきです」 「……高明学院の生徒さんはすごいわ。ね?アフルレッド」 「そうです。大奥様」 「まあ、アンドレには敵わないか。はい。ご苦労様ね」 ウィンクされた二人は、アンドレとは誰かとアフルレッドに尋ねた。 「アンドレか……私も会いたいよ」 独り言のような翔に不思議顔の太郎と雨宮であったが、太郎はある女客の不審な動きを見つけた。 「アルフレッド様」 「どうした」 「あの三番テーブルの客です」 どうも盗撮をしているようだと太郎は彼女のバッグを指した。 続く
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!