9 もえろパンケーキ

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9 もえろパンケーキ

ドジな兄優介のミスを挽回するために、弟の振りをしている玲は兄のクラスのメイド喫茶で大量のパンケーキを販売する事になった。 玲は中学の仲間を巻き添えにしてしまい、心苦しかったが彼ら三人は楽しそうにしていた。 さらに兄の元カノで、玲にケンカを売ってきたすみれ嬢も、玲に謝りたいと申し出ており、結果的に協力してくれることになった。 そんな彼女が仲間に指示を出している時、隣の浴衣姿の男が肩を叩いた。 「鳴瀬。もうすぐメイド喫茶のオープンの時間だぞ」 「わかってるよ!……あ、雨宮君だ」 この教室に服着替えた彼が恥ずかしそうに入ってきた。 「そうですか?僕……こんな恰好したこと無いから」 「ううん!よく似合ってるよ」 兄が着るはずだった執事服。サイズが合うという理由で、雨宮に着せた玲は手を叩いて喜んでいた。 そんな彼の恥ずかしそうにしている仕草が可愛いので、廊下にいる来校の女子達が勝手に写真を撮る程の注目度だった。 「へえ?俺よりも似合うな……まあ、メイド喫茶だけど一人くらいは執事が居た方が良いと言われたからさ。その服、翔に借りておいたんだ。お、すみれ嬢と百合子だ」 優介の声をきっかけに、B組にはおおおお!という高校男子の歓声が響いた。 本日のすみれ嬢は、白いワンピースを着ていたので、こちらで用意したフリルのついたエプロンをつけただけだ。 肩で揺れる髪が可愛いらしい装いだった。 対し中学生の百合子は、光星学校にあったメイド服に着替えていた。 サイズが大きい部分は安全ピンで調節済みの百合子は髪をツインテールにし、気合い十分と見受けられた。 髪の飾りだけがおそろいの二人は、なぜか膝の屈伸をしたり肩を回したりしていた。 「ねえ、太郎さん。私が頼んだのはメイド喫茶のウェイトレスだよね」 「ああ。プロレスとは言ってないが……」 心配を他所に二人の女子の体は温まっているようだった。 「ねえ、玲さん、そろそろ始めて下さらない?」 「……玲ちゃん。あのさ、彼女と私の皿、カウントしてくれない?これは女の勝負なのよ……」 腕をぐるぐる回す二人の火花が再来し、周囲がシーンと静まった。男子達が息を飲む中。指揮官である玲は、拳をぐっと握っていた。 ……二人の本気、受け止めないと! 「わかりました!このパンケーキ勝負、この鳴瀬玲が仕切らせていただきます!」 自分達のために部外者が決死の覚悟で挑む様子。B組男子はおおおお!とまたまた歓声を上げた。 「太郎さん。お皿をカウントして!すみれ嬢と百合ちゃんと雨宮君で」 「了解。家庭課室へ連絡をしたぞ」 「あの、先輩、僕もですか?」 この強敵の参戦に、二人女戦士はキッと彼に睨みを利かせた。 その光景に気を取られていた玲は、彼に服をツンと掴まれた。 「おい鳴瀬。もう開店しないと間に合わないぞ!」 「わかってるよ……」 当たり前のように自分の右腕を務めている財前太郎を玲は面倒臭そうにみていた。 しかし、何事もつい夢中になって暴走し他の事が眼中から消えてしまう彼女に付いてきてくれるのは、世界で唯一この幼馴染の彼だけだった。 「了解です。あのB組のみなさん!これより開店です。よろしくおねがいしまーす!」 こうして中学生である玲の指揮によるメイド喫茶はオープンした。 「いらっしゃいませ。ようこそ!」 いつも執事喫茶に通っているすみれ嬢の接客は、とても仕草が可愛いらしく日頃から研鑽の成果が表れていた。 そんな彼女の笑顔を見たくて、男子生徒がぞくぞくとB組に押し寄せてきていた。 「こんにちは!何名様ですか?こちらへどうぞ!」 しかし中学生の百合子もひるむことなくガンガン客を誘導していった。 彼女はメイド喫茶には行ったことはないはずだが、持ち前の感性で本やドラマのイメージだけでこれを演じ切っていた。これを見た幼馴染の玲は彼女のポテンシャルの高さを改めて見直していた。 そんな中、彼もまた頑張っていた。 「お待たせして申し訳ございません。え?僕と写真ですか」 ここは男子高だが、それを目当てに来校している女子も大勢いた。さらに保護者である奥様連中に、雨宮は大人気であった。 こうしたかいがあって、テーブルはあっと言う間に満席になった。 「太郎さん。みんなあの三人を見たいために、時間をかけて食べているように見えない?」 「そうだな。特に雨宮のテーブルは図々しい主婦ばかりだな」 「指を指さないで!ねえ、太郎さん?雨宮君は教室の外で販売させた方が良いかな?」 すると太郎は腕を組んで椅子に背持たれながら玲に答えた。 「そうだな。奥様連中へお土産として売らせよう。その方が手っ取り早い」 「お土産なら解凍してないパンケーキでもいいよね?あと、お客さんが食べるのが遅いから、最初から四分割に包丁でカットするように家庭課室に伝令を!」 この玲達の作戦は大当たりで、教室内のお客の回転は早くなっていった。 さらに教室外で販売している雨宮も、握手をサービスにして凄い勢いで販売していた。 優介は文字取り足手まといで邪魔だったので、玲はライブ会場へ行かせた。彼を廊下まで送った玲は廊下班に声を掛けた。 「教室外の販売は、机の上には常に10人前くらいにして。たくさん置くと売れ残っているみたいだから。お客さんには『もう10個しか残ってないの?』というイメージで頼みます」 「分かりました!鳴瀬隊長」 「隊長か……」 年上の男子高生に隊長呼ばわりされている中学生の玲には、昨夜、正樹が言っていた『ついて行くだけで必死』というフレーズが頭に流れていた。 こんな戦況だったが、一時間経過した時点で太郎が出した計算だと、このペースだと時間が足りない事が判明した。 「ダメだ?メイド喫茶の回転が悪すぎる。もっと客に早く食べてもらえ!」 「パンケーキ3枚だよ。そんなに早く食べられないでしょう」 すると、太郎は目を大きく見開いて玲の腕を取った。 「……おい、鳴瀬。あれを見ろ」 太郎があんまりしつこいので、教室の外の受付にいた彼女は、彼のいうまますみれ嬢を見た。 「……お客さんに、食べさせているの?」 「そうだ。執事喫茶にはそういうサービスがあるのか?俺にはわからんが……」 やがてすみれ嬢の必殺技を見た百合子もお客に食べさせ始め追走していた。 「百合ちゃんまで?」 「そうだとも。勝つために手段を選んでいる場合ではないのだ。よし、鳴瀬。お前も何かやれ」 「はあ?私が」 驚く玲に、太郎はすっとメガネを押し上げた。 「……何を言っている。元はと言えばお前の兄上が犯したミスだぞ。妹のお前が見ているだけでどうする」 「でもさ。私だって手伝いたい気持ちはあるけど。女子力ゼロだよ?」 そういってシューンと下を向いた女子としての自信がまるでない玲を、太郎はやれやれ、また始まったか、と息を吐いていた。 「誰もお前に多くは期待していない。あのように食べさせるには人手が必要だろう?ともかく女なら何でも良いのだ。さ、適当に化けて来い!行け!」 「ううううう」 太郎に追い出された玲は女装用の衣装のある廊下の奥の教室へ、来校者があふれる廊下を重い足取りでとぼとぼと歩いていた。 「おい。玲。どうした暗い顔して?」 「あ。隼人さん」 廊下で女の子達にイケメンの写真を売っていた隼人に呼びとめられた彼女は、今の状況を説明した。 「……そうか。で?玲も女装すんのかよ」 「そうなりますね。はあ」 元気のない彼女が心配よりも面白くなってきた隼人は、嬉々として仲間を振り返った。 「バカ!何ため息ついてんだよ?待ってろ。おい正樹!それは良いから、こっち来いよ」 「なんだ、玲か。どうした思いつめた顔して」 「いいから、いいから。正樹?俺達で玲の衣装を選んでやろうぜ?」 「え?えええええー」 こうして隼人と正樹に両腕を取られた彼女は、引きずられるように衣装のある奥の部屋へと入った。 「どれにするかな。あ、セーラー服、みーつけた!」 すっかり遊んでいる隼人だったが、玲は不安で一杯だった。 「いや、隼人。この浴衣はどうだ?」 楽しそうに浴衣を取る正樹だったが、玲は自信が無かった。 「へえ?……という事は、正樹もやっぱり。玲の秘密、知ってんだな?」 「おっと?どうかな?ま、俺はこいつが男でも女でも、可愛いのは同じだから……」 二人でなにやらごそごそ話しているけど、玲は心底困っていた。 「……そういう事ね。わかった。俺も……そうするか。おい、玲」 「はぁい……」 たくさんの女の子の服。ここから好きなのを選べと言わレた玲は、どれも自分に似合うとは思えず、良く手に取ると男性サイズの服はぶかぶかだったので困っていた。 「まあ、仕方ないよな。俺達のような男が着る女装の服だしな、このシャツだって俺が着たら丁度いいけど、お前だとぶかぶかだしな。ほら」 そういうと隼人は、彼女の肩に白いシャツをそっと乗せた。 「ま、正樹。これって」 「なんだ?れ!玲、お前……」 「え?」 白いシャツを羽織った玲を見た正樹は顔を手で隠し、隼人は口を手で押さえながら彼女をじっと見ていた。 「どうしました?」 ぶかぶかなシャツは袖が長すぎて手が全然出ない。丈も長いから彼女が羽織っているとショートパンツが見えないほどだった。 「……ボ、ボタンを閉めて見ろ」 正樹は指の間から彼女を見てそう言うので玲は留め始めた。 その横の隼人は、恥ずかしそうに後ろを向いた。 「こうですか?」 「第二、いや第三ボタンまで閉めてくれ、そうだ。おおおお??」 できあがった玲を見た二人は真っ赤な顔でハイタッチを決めた。 ただ服の上から白いシャツを羽織っただけの彼女は鏡も無いのでさっぱりわけがわからなかった。 「これで行こう!……髪はもっとくしゃくしゃにした方がいいな……寝起きみたく」 「え?これで?ただの大きいシャツですよ」 「いいから玲。靴下脱いで裸足になれ……靴は履いていいから。おお!やばい……さあ、行こう」 そんな三人で廊下を歩いていると、男子高生が皆振り返っていった。 ……このシャツ姿が、そんなに珍しいのかな。 不安な彼女はそっと隣の隼人のシャツの袖を掴みながら歩いた。 「あの、やっぱりこの恰好じゃ、女の子じゃないですよ?男性用のシャツだし」 すると隼人は彼女に囁いた。 「いや。お前は男心を全然分かっていない!お前が今、俺のシャツを掴んでいる事が他の男にとってどーんだけ羨ましい事か、お前、想像もつかないだろう?」 「え?ただシャツを掴んでいるだけだよ?」 この二人の間に、正樹がすっと入って来た。 「いーや。こっちの方がもっと羨ましいぞ。つかまって?そら!」 「うわ!」 いきなりお姫様抱っこをされた玲は、驚きで正樹を見つめた。 「おっと、じっとしてくれよ?ああ、隼人、玲の靴、持ってくれよ。それよりも今のこいつを放ってはおいてはいくら玲でも危険だ。俺達で責任を持って手伝うぞ」 「そうだな。まだ時間はあるし。あ、重ければ交代するぞ?」 「いいから早くおろして下さい?!!」 こうして3人は達は3年B組に着いた。 ようやく下ろしてもらった彼女は彼らを従えて教室に顔を出した。   「太郎さん。その後の売れ行きは?」 「相変わらず回転が悪いぞ、鳴瀬……?お、お前、その艶姿は?」 まるで化け物をみるような目で自分を見る太郎に、玲の方が驚きだった。そこに執事の雨宮も顔を出した。 「ええ?鳴瀬先輩。あわわわ?その!」 彼女から顔を背けた太郎と雨宮を見て、玲は悲しくなった。 「ひどいよ……もう。ほら。やっぱりおかしいんだよ、隼人さん!私やっぱり……」 「いやいや違うぞ。玲?お前の萌え姿が中学生には刺激が強すぎたんだ……。おい、そこの陰険メガネ。玲はどこで売ればいい?俺達には時間が無いんだ」 隼人の声に我に返った太郎は、ゴホンと咳を一つ払い答えた。 「……家庭課室前で販売していただけると助かります」 隼人のいう陰険メガネという表現を自分で認めた太郎は、まだ恥ずかしくて顔を背けてそう答えた。 「よし。行こう!」 「うん。太郎さん、ここは頼んだよ」 こうして三人が移動した先の家庭課室にはB組のパンケーキ班の男子高生がいた。 「みなさん。私もここで販売しますね」 「鳴瀬隊長?そのお姿は……」 「自分達のためといえ?」 こんな動揺でざわつく教室内を他所に、隼人と正樹は勝手に廊下にテーブルを出し始めた。 「えー!いらっしゃいませ!パンケーキを購入のお客様には、彼女がパンケーキを一口食べさせてくれます。どうぞご利用ください」 ……え?全く聞いてないのに。 不安そうにしている彼女を無視して二人は手際よく用意を始めたのだった。 つづく
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