10 栄光のステージ

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10 栄光のステージ

そんな彼女に気が付いた正樹はにこと微笑みなががら玲にフォークを渡した。 「なあ玲?今用意するから、以前俺にやったアレを、隼人にやってくれよ」 「あれ、って?何?」 正樹は悪戯そうな顔でパンケーキを小さくカットして行ったので、玲はもう背に腹は代えられないっと覚悟を決めフォークをぐっと握った。 「はい。あーんして。隼人さん」 「え?俺、これ喰っていいの?」 大きく口を開けた隼人は、目をつぶり、これをもぐもぐ食べた。 「○×△××!?」 何を言っているのか分からない隼人は、ぴょんぴょんと飛び上っていた。 「くそ!今度は俺だ。玲!」 「……正樹さん、あーんです。ごっくんして」 「○×△□□!」 やはり何を言っているのか分からない正樹は、興奮しながら両手をグーにしていた。 そんな彼女がはたと気が付くと、テーブルの前に長い列が出来き、廊下の奥まで続いていたのだった。 ……まさかこんなことになるなんて。 お客は途切れず、玲はフォークを手術するドクターのようにどんどん交換していった。 ……口、口、くち……。もうどれくらい経っただろうか。疲れてきた。まだパンケーキってあるのかな……。 その時、家庭科室から伝令が走って来た。 「鳴瀬隊長!すべてのパンケーキを作り終えました」 「良かった……じゃあ、後は売り尽くすだけだね」 でも時計を見るとリハーサルにいかないといけない時間になっていた。 「玲。ここは終わりにしろ。やるならメイド喫茶の前がいいじゃないか。B組の連中もいるから」 そう言って正樹は並んでいる客にメイド喫茶に移動すると告げ、この場を終わらせた。 こんな玲は二人にガードしてもらいながらB組へ移動していた。 すると背後から声をかけられた。 「……おい。隼人に正樹。そろそろリハーサルの時間……玲か?なんだ、その恰好は」 「ヤバい?正樹、玲を隠せ。翔だけは何も気が付いてなんだよ?!」 「マジで?おい。俺の背に隠れろ!」 二人の背に囲まれた彼女は、ドキドキしていた。 「お前達?まさか玲に女装をさせて、販売をさせたのか?」 「女装なのかな……これって」 玲を男の子だと信じ込んでいる翔に含み笑いをした正樹に隼人はしっと口に指を立てた。 「翔さん。ごめんなさい。またお兄が面倒を起こしたせいなので、二人は関係ないんです」 「そんな事はわかっている!いいから、そこから出て来なさい。玲はまだ中学生なんだから。優介の奴全く……」 「あ。あそこにUFOがぁ?」 「何?」 彼女は皆の注意を逸らした隙に、この場を脱出したつもりだった。が、これを先読みしていた翔に腕を掴まれた。 「いい加減にしろ!何がUFOだ。しかも、その恰好……う?」 玲を間近でみた翔は彼女を見て目を見開き、手をぱっと離した。 「あーあ。だから見せないようにしていたのに」 「まあな。これはまさに『彼氏のシャツを借りた女の子』だしな」 「……お前達。玲にこんな恰好をさせて人目にさらすとは……」 額に手を当てた翔は呆れている様子だったので、彼女は本気で悲しくなった。 「あの。もう脱ぎます!これは、服の上から着ているだけだから……」 弟のフリをしているはずの玲だったが、女の子のプライドがズタズタになり悲しく呟きながらシャツの胸のボタンに手をかけた。 「ばか?れ、玲!?止めろ。こんなところで!」 「だって」 顔が真っ赤な翔は大慌てで、彼女を抱きしめた。 その時、翔の執事服の胸のアクセサリーが、彼女のシャツのボタンに引っ掛かった。 「待って、そのまま動かないで?チェーンが絡んでいるから。これ、翔さんが、私のボタンを外して!こっちからじゃ良く見えないから」 「う、動くなよ?玲」 こんな仕事を仰せつかった翔は彼女の胸の第二ボタンを外そうとするのだけど、手が震えて外れなかった。 「ゆっくりでいいですから」 「ああ……」 翔が外しやすいように、腕を開いた玲は必死の彼を見守っていた。 「あ、ああ。やっと外れた……」 「よかったな、翔……玲のシャツのボタン、外せて?」 「お前達さ。公衆の面前で何をしているのか、分かってる?」 にっこりと笑う二人の声に、翔と玲が静まり返った周囲を見渡すと、自分達の周囲に人だかりが出来ていた。 「え」 「……玲。逃げるぞ」 「ええええええ?」 彼女をひょいと担いだ翔は人混みをかき分け、小走りにこの場を離れた。 こうして逃げてきた二人は廊下の奥の衣装部屋に逃げ込むと、床に倒れこんだ。 息も絶え絶えだったが、玲はこの誤解を生じる白いシャツを脱ぎ、元のノースリーブのTシャツと短パン姿になった。 「すみません。このシャツに……そんな威力があったなんて」 「……もう二度と着るな。これ以上は……怪我人が出る」 「あ。やっぱりここにいた。大丈夫か、翔?」 何食わぬ顔の隼人と正樹は、そっとドアを開けて入ってきた。 「玲、お疲れさん。パンケーキは完売って書いてあったぞ。それよりも俺達はライブの準備へ行くけど、お前も行くか?」 そういって正樹はよいしょ、と彼女の手を引っ張って立たせてくれた。 「まだ少し時間がありますよね。僕は中学の友達が来ているので、声をかけてからライブ会場に向かいます」 「よし。じゃ、俺達はお前の楽器を持って、向こうで待っているからな。いくぞ、翔」 「ああ。向こうで待ってるぞ、玲」 そうして彼女をB組まで送ってくれた三人は、先にライブ会場の集会場へ行った。 こうして玲は友人が戦っていたB組の輪の中へ入って行った。 「あ。玲ちゃん!」 「玲さん?聞いて下さい!」 「ど、どうしたの」 興奮する二人のメイドの話しによると、競っていたお客さんの数が、同数だという。白黒決着をつけたい彼女達は納得がいかず、玲の腕を掴んでいた。 「おい、鳴瀬。こっちへこい。すみません、協議してきます」 もめている女子から離れようと太郎は廊下の端に玲を、がらんがらんと下駄を鳴らして引っ張ってきた。 「どうする?奴らは、最後、客のパンケーキまで食ってまで完売させたんだが、売り上げは雨宮が一番だ。真実を言ったらお前も雨宮もここから帰れないぞ」 「そうか」 太郎は袂に腕を入れて腕組みをし、ひそひそと話した。 ……確かに一番は雨宮君だ。けれど肝心なのは二人の勝負だし、互角なのは真実だ。   「鳴瀬?」 「大丈夫、私は全てを負うから」 そういって彼女は勇ましく教室に戻り壇上に立った。 「皆さん、お待たせたしました。この勝負!見事、同数のため後日改めて再勝負でお願いします!」 「何と先送りか?」 「助かります……」 もうライブの時刻で時間が無い玲の逃げの采配だったが、選手二名は納得したようだった。 「再勝負?いつでも良いわよ?勝負したければね……」 百合子はツインテールを揺らし、腕を組み余裕綽々ですみれを見た。 「そっちこそ。ホホホ?皿回しでもなんでも。かかって来なさいよ……?」 高笑いのすみれ嬢の話に彼女は皿まわしが出来る事を皆が知ったが、とにかく時間が無いのでこの二人を背にし、手をパンとたたいた。 「それではB組の皆さん!以上を持ちまして『メイド喫茶』はお開きにさせていただきます。パンケーキ七百枚を無事に完売出来き、赤ふんどしを免れる事ができましたのは、B組の皆さまの並々ならぬ努力の賜物であります。又、部外者でありながら、ウェイトレスをしてくださった『すみれ嬢』、『百合子嬢』そして『雨宮ボーイ』には心より感謝申し上げます!」 うおおおおお!とB組男子の拍手喝さいに、3名の部外者はそろってお辞儀をした。 しかし微笑みながら横目でにらむ彼女達の火花は熱く、この二回戦はすでに始まっていると玲は思い知った。 「それよりも最後まで私を信じ!ここまでついて来てくれたB組の皆さんの温かいお気持ちに対し、この鳴瀬玲。心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました……」 ゆっくりと頭を下げた彼女にB組の男子校達は目に涙を浮かべて拍手をしてくれた。すると太郎が当り前のように司会を勧めて行った。 「それではB組の成功を祝い、万歳三唱を、クラス代表の方お願いします!」 太郎の突然の振りにもかかわらず、指名された男子生徒はすっと前に進み出た。 「えー。それでは御指名により、万歳三唱を唱和させていただきます……」 今回のパンケーキ騒動を自分で解決するのではなく、年少ではあるが才溢れる鳴瀬玲に全てを預けた勇気あるクラス委員長は、すううと大きく息を吸った。 「……我らの鳴瀬たいちょお!!ばんざーいっ」 ばんざーい! ばんざーい! 、という叫び声の教室は、やがて笑顔と拍手に包まれた。 でもこれで終わりでは無い玲は、次のライブの事で頭がいっぱいだったのだった。 つづく 
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