4 二次元キャラしか愛せない

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4 二次元キャラしか愛せない

電車で移動した二人はとある駅で降りた。 「正樹は、カラオケボックスにいるんだ」 「確か。二次元のキャラしか興味が無い人だよね」 見た目はカッコ良いのに、現実の女の子に幻滅していると優介は説明した。こうして二人はカラオケ店にやってきた。 「よーし。せっかくだから歌おうか」 「うん!」 二人は肩で風を切って店内に入った。受付の話のわかりそうな人に聞くと正樹は奥で料理中。これに優介は先に歌う事にした。 「俺が来たって伝言頼んだからそのうち来るさ。それまで歌おうぜ!」 「そうだね。まずはお兄の歌唱力を確認しないとね」 「お前な?俺の絶対音感を信じていないな?」 曲を選んでいる兄に玲は向かった。 「あのね。絶対音感は音を聞き分ける事ができる能力で、上手に歌える意味じゃないから!こういう間違いでお兄はバカだって思われるんだよ。もう」 「うるさい!ケアレスミスだ」 「それも違うから!?」 そんな妹の憂いを他所に、兄は嬉しそうにカラオケのリモコンを操作した。 「ポチっとな!」 やがて歌う昭和ポップス曲を選んだ優介は声高らかに歌いだした。 ……うーーん。やっぱり、ずれてる…… そんな中、玲はお腹が空いたので、料理を注文した。しばらくして兄が気分良く歌っているこの部屋のドアがぱっと開いた。 「お?正樹!イエ~イ」 「優介。忙しくて済まないな」 短めの黒髪に端正な顔立ち。バイトの制服の黒いポロシャツを着た彼はそっとピザを置いてくれた。 「こっちの彼は?見覚えないけど」 マイクを片手にハイテンションの優介は玲の肩をぐいと寄せた。 「これ俺の弟の玲。よろしくっ!」 「正樹さん。お仕事中にすみません。兄がいつもお世話になっております」   すると彼は、目を瞬きさせて玲を見た。 「そういえばお前、きょうだいの話していたな?こっちこそよろしく!ま、今日は暇だし。ゆっくりしていって」 笑顔の彼はあとで顔を出すと言い、部屋を出て行った。 「な?良い奴だろう」 「うん。とても二次元キャラおタクには見えないね。でもさ、それより重要な事なんだけど、お兄……」 「なんだ?」 嬉しそうにピザを食べている優介に玲は真顔ではっきり言った。 「音程、外れている」 「はあ?お前の耳がおかしいんじゃね」 「どこもおかしくないから!それよりもちゃんと画面見て歌ってる?あの線の通りに歌えば音程が合うのに、さっきからずっと半音外れるよ!」 「マイクのせいじゃね?」 「もういいよ!ほら、もう一回歌ってごらん?」 面倒だった玲は、キーを半音下げた。 そして優介も歌いだした。 「『好き、好き、君が……』」 「え?曲を半音下げたら、なんでお兄まで下がっちゃうの?」 気分良く歌っている優介だか、絶対音感保持者の妹の耳には半音下がって聞こえていた。 この不出来なままライブで歌わせるわけにはいかない、と玲は必死に考えていた。 ……大恥かくだけだし、これは、どうにかしないと…… 少し考えた玲は、兄に曲の確認をし始めた。 「ところでお兄。私の歌うのはどこなの?」 「おおそうだった。サビの所を、そうだ?お前がいるならハモれるな……」 顎に手を当てニヤリと笑みを浮かべた兄の脇腹を、玲は肘でそっと突いた。 「……論外|(ろんがい)!」 「ロングナイト?」 「もういい!まず一度、一緒に歌おう」 彼女は音程を元に戻し、最初から一緒に歌うことにした。 ……やっぱりそうか。 要するに。一発目の音程が合っていれば、兄はそんなに音程を外すこと無く最後まで行けるという事実に早くも気が付いた彼女は、そのためにどうすればいいか、考えた。 「ねえ、お兄。一発目の『放課後の教室、二人でドキドキ』は私が歌い始めるから、この『ドキドキ』から一緒に歌ってよ。そして、これ以降はお兄が続けて歌って」 「えー。なんでそんなことするの」 「その方が、カッコいいよ」 「マジで?」 彼の素直さを利用し解決策を見出した妹は安心し喉が渇いたので、廊下にあるドリンクバーに一人で向かった。 ……何だこれ、床が濡れている?  彼女はカウンターにいた正樹にこれを伝えた。そして二人で床の水たまりを確認した。 「こぼれたレベルじゃなさそうだな」 「そうですね。多分この製氷機が壊れたんじゃないですか、開けてみますよ……うわ?」 すると中から水がざーっと出てきたので、玲は慌てて扉を閉めた。 「……融けて水になってます。電源は入っていますよね?」 「ああ。午前中は普通に使っていたし。参ったな、店長は他の店にいるし……」 そういって彼は床に雑巾を敷き詰めていた。   「おーい。どうした、玲?お前がいねーと、お兄は何もできないのに……」   恥ずかしげも無く情けないセリフを本気で吐きながらがやって来た優介に玲は説明した。 「これは水道に直結しているから、まずこの元栓を閉めないと。お兄、ちょっとやってよ」 「オッケー」 「この製氷機だけだよ。他の栓は閉めたら困るから、どう?」 「よいしょっと……これでいいと思うけど。どうだ?」 機械の裏から出てきた兄はドヤ顔で正樹に向いた。 「助かった優介。ドリンクバーは大丈夫そうだ。製氷機の水を捨てるのは、こっちでやるから」 するとカウンターからバイトの女子が、故障中と書いた用紙を持ち製氷機に貼ろうとしていた。 「……あの、もし張り紙するなら、『故障中』よりも、『調整中』が良いですよ」 「何?この銀髪君?」 むっとする女子を正樹は制した。 「……いいんだ!なぜそう思う、弟君?」 不思議そうに玲を見下ろす正樹に、玲は必死に説明した。 「正樹さん、『故障中』だと、壊れっぱなしで直す努力をしていないとお客さんに文句を言われる可能性があるので、こういう時は『調整中』とか『メンテナンス中』とする方が、前向き思考だから苦情が来ないんです。すみません、生意気を言って……」 「なるほどな、わかった!『調整中』にしよう。ありがとうな」 そういって笑顔の彼は玲の頭を優しく撫でた。 その後。数曲歌った二人は、受付の正樹の笑顔とバイト女子の憎々しげな視線に見送られてながらカラオケ店を後にした。 こうしてバンド仲間に挨拶をしてきた二人はへとへとで自宅に帰って来た。 「つかれた!」 「それ、私が言いたいセリフだから……」      帰るなりリビングのソファにダイビングした兄に、妹は冷たく言い放った。 「ん?何か連絡がいっぱい着てる……人気者はこれだから困るな」 「そう……。私、先にお風呂入るからね」 そして熱いお風呂から出た玲は、自室にいる兄に声をかけた。 「お兄!お風呂でたからね!」 すると彼の部屋のドアが、バーンと開いた。 「あのさ、玲?翔からの連絡でさ。すみれちゃん達は、あの後、あのビルの店全部調べてお前を捜したらしいぞ。だからもう来るなってさ。あ、待て!翔がさ、すみれちゃんに何を言ったんだって、訊いているけれど」 ……言えない…… 「『黙秘』で」 「『もくひ』か。よし……送ったぞ。あとさ。隼人なんだけど」 「ん。どうしたの」 「コンビニの店長さんが、俺達にお礼をしたいんだってさ」 「弁償の間違いじゃないじゃないでしょうね……」 玲は濡れた髪を拭くながら、兄に返事を返した。 「正体がばれそうだから、私はいいよ。それよりサスマタで倒した隼人さんの時給を上げて欲しいって伝えて」 「そうだな。俺も何もしなかったら辞退しようっと。えーと最後に正樹か……」 「何だろうね」 「ええと。店長が『調整中』と書いた張り紙を見て、感心していたってさ。以前カラオケの機械に『故障中』って書いたら、客に今すぐ直せって文句を言われたことがあるんだと」 「ふーん。まあ私はお兄が無事ならいいもの!じゃ夕飯できるの待ってね」 「おう!」 中学三年生の玲の人生初の銀髪の夏休み。 そして兄に誘われた男子校のバンド活動。 これからの一か月間は彼女にとって青春であり、かけがいのない仲間と過ごす愛と涙の物語になるとは、この時まだ知る由もなかった。 五話へ つづく
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