570人が本棚に入れています
本棚に追加
7 高明学院中等部生徒会
「……これでよし!いいんじゃね?」
不出来な実兄、優介のために、ロックバンドのバックコーラスをする羽目になった女子中学生の鳴瀬玲はビジュアルをロックっぽくするために夏休み限定で、銀髪にしてしまった。
しかし、中学校生徒会の会議で夏休みに学校に行く妹のために優介は黒髪スプレーなるものを、彼女の髪に吹き付けた。
「やばい?俺のテクすごくね?美容師もいけるかもな………」
「あのね。これ地毛より濃いよ。黒過ぎ」
「はあ?つべこべ言うな!せっかくお兄《にい》が助けてやったのに!」
「……そもそもさ。お兄のせいで銀髪なんだよ?もう!」
ハイテンション兄に何も言っても無駄なので、玲は椅子から立ち上がった。
「それよももお兄。今日隼人さんが遊びに来るんでしょう?その時、冷蔵庫のゼリーを出してね。あとお腹が空いたら炊飯ジャーに五目御飯が入っているから」
今日は玲の留守中に兄の友人の隼人が遊びに来る予定なので、家事担当の彼女お昼ご飯を用意しておいた。
「はいはい」
「あと。私が女の子ってバレるから。絶対に私の部屋には入れないで」
「はいはい」
「洗濯物干してあるからさ、雨が降ったらしまってね」
「お前、もう時間だろ?」
「あ。行ってきますー!」
夏休み期間の彼女は学校に行くためにセーラー服姿になった。そしていつもの丸いダテ眼鏡を掛けた。
これを掛けると勉強しようという気持ちになるので、彼女にとっては欠かせないものだった。
……こうして制服を着るとせっかく伸ばした髪を切っちゃったから、寂しいな。
そんな鏡の前の玲は、乙女心を慰めるように長い前髪を可愛いヘアピンで留めて家を出た。
そしてバスに乗り学校に到着した彼女は、玄関で同級生の百合子を見つけた。
「百合ちゃん。おはよう!」
「……え。ひょっとして、玲ちゃん?」
まるで他人を視るような目つきの顔の彼女は長いおさげ髪を震わせていた。
「うん。どうかな。切り過ぎちゃったかな……てへへ」
思わず短い髪をつまんだ玲を、目を見開いた百合子は上から下まで見つめた。
「やっぱり……お、おかしいかな?」
「う、ううん!!良い!……すっごく良いよ」
本当の事を言ったら友情にひびが入ると事を悟った百合子は、玲の両手を掴み、ブンブンと振った。
「そ、そうかな?男の子みたいでしょう?」
「それがいいんじゃない!カッコいいもん。さあ、行こう!」
この話をはぐらかすように百合子は玲を誘い、二人で校内の生徒会室へと向かった。
「おはようございます」
「うむ……」
生徒会長にいた二人の同級生の財前《ざいぜん》太郎は、パソコンから目を離さずに挨拶を返してきた。
憮然とした一文字の口元。そんな失礼な太郎に構わず玲はカバンを部屋の隅に置き、テーブルに置いてあるプリントに目を通した。
その時百合子が財前に尋ねた。
「財前会長。他には誰が来るんですか?ねえ、聞いているの?」
「きっと目を開けて寝ているのよ。ねえ、百合ちゃん?一年の雨宮《あまみや》君が来るんじゃい?このレジメを見たら分かったし」
丁寧な文章、細かい説明を読んだ玲は、これを作成したのが優秀な後輩雨宮だと推察した。
そんな時、誰かがノックをして部屋に入ってきた。
「すいません……お待たせしました!」
「あ、飲み物買ってきてくれたんだ?ありがとう」
百合子は、雨宮から冷たいペットボトルの紅茶を受け取った。
一年生の雨宮は小柄であるが、色白で涼しげな目元の凛々しい美少年。華道家の家元の息子というオーラも手伝い学校一の人気者だった。
「何を言っているんですか。僕は後輩だから、当然ですよ、はい、どうぞ」
爽やか笑顔の可愛い男の子に女子はメロメロになるところだか、玲はどうも裏があるような気がして彼の頬笑みを信用していなかった。
「いつもありがとう、雨宮君!ん?玲ちゃん……どうしたの?」
「……いや?何でもない!財前会長、始めてください」
「ふん。俺に指図するな、鳴瀬」
こうして執行部四人の会議が開催された。
本日の議題は、夏休み明けすぐに開催される体育祭の内容と、成績優秀者による海外留学についてだった。
「去年の体育祭を憶えているな。あのように審判のジャッジへのクレームがすごかったせいで、今年は誰も審判ができない状態だ。これをどうクリアするかだ。意見を頼む」
生徒主体の行事。審判も生徒に委ねられている伝統の体育祭、とは聞こえがいいが、運営する側としては学校が何もしないというスタンスを実に無責任に思い、彼らはすっかり大人が嫌いになっていた。
「あの。質問いいでしょうか?」
「どうぞ。雨宮君」
百合子が微笑む中、彼は穏やかに話しだした。
「鳴瀬先輩は……失恋したんですか?」
真顔の雨宮の素朴な疑問に、腕を組んだ太郎はうなずきながら玲に鋭い眼光を飛ばした。
「どうなんだ?鳴瀬。即座に答えろ」
「……していません」
「じゃ。次の質問に行けっ」
するとまた雨宮が挙手をし、百合子が発言権を与えた。
「鳴瀬先輩は、どうして髪を切ったんですか?」
「どうなんだ?鳴瀬」
眉間にしわを寄せながら聞いてくるうざい太郎に、玲は澄まして答えた。
「暑いからです」
すると雨宮は立ち上がった。
「鳴瀬先輩!御言葉ですが暑いだけならポニーテールにすれば良い話しです。髪は長い友と書きますし、女の命と言われるほど大切なものです。僕はこの真相が明らかにならないかぎり、この生徒会活動をするわけにはいきません!」
雨宮はそう言うと椅子に座った。この意見に太郎まで玲に食ってかかって来た。
「鳴瀬?生徒会活動を阻害する者は、例えお前が俺の右腕の副会長であり、幼稚園から一緒の幼馴染みだとしても、断じて許すわけにはいかないぞ!」
財前は机をバアンと叩いた。大きな音。多分手が痛かったと皆が思う中、呆れた百合子がつぶやいた。
「また、始まった……」
肘をついて溜息をついた百合子に心の中で謝った玲は、大きく息を吸った。
「……では。財前会長にお尋ねします。あなたはなぜ、髪を切るのですか?」
「それはあれだ。衛生的であり日常生活において洗髪行為に関し管理がしやすく、なおかつ外見的にも好印象が持たれるのが一般的だからだ」
「それにつきまして、私も同意見です。しかしながら女性が髪を切るという行為を行った場合、男性からなぜなのだ。失恋をしたのではないか、と非常にプライベートでデリケートな部分を指摘してくるのは、男女平等のポリシーに反するものであり、いかがなものかと思われます」
「そ、それは」
「こ生意気な」
戸惑う雨宮と財前。玲は連続攻撃を放った。
「加えて!このような男性の行いは、パワーハラスメントであり、我が校を運営し、生徒の模範となるべき生徒会役員はこのように軽率な意見は慎むべきであります。これについて反論があれば、どうぞ」
「……ぐう、としか言えない。雨宮はどうだ?」
玲の正論に太刀打ちできなかった太郎は、椅子に深く背持たれた。
「あーあ……僕も、ぎゃふん。です」
肩を落とし、両手を上げた雨宮はそういって俯いてしまった。
その時、百合子はさっと立ち上がった。
「はい、みなさんー?気が済みましたかー?飲み物飲む人?」
「はーい!私も、それ飲む!」
百合子は敗北した男子二名にもグラスに冷たい紅茶をそそぎ、配って行った。
「……ふう。やはり俺はディベートでは鳴瀬に全く敵わない。今日は巧くいくと思ったのに」
太郎はごくごくと飲み干し、はあと溜息を吐きながら玲を上目遣いで見た。
「他校のどんな凄腕と討論会をしても、お前の迫力に比べれば鳥のさえずりにしか聞こえないのだ」
「僕もです。あーあ。どうすれば鳴瀬先輩のように相手の急所を突くような嫌みを言えるようになれるのかな」
そういって頭の後ろで手を組み椅子に倒れる雨宮に、さすがの玲も肩を落とした。
「ひどい言われよう……」
テーブルに突っ伏した玲の肩を優しく叩いた百合子は、よしよしと彼女を慰めた。
「三人とも。毎回、毎回。挨拶代わりに討論するのはもう止めてよ!訊いているこっちはハラハラするんだから」
「……すまない。だが許せ、従兄妹よ。これが俺達の生き方なんだ。ついでに俺にももう一杯くれ」
開き直った太郎は、百合子に向かってグラスを持つ腕を可能な限り伸ばしていた。
そんな従兄弟の太郎の世話が嫌だったので、これ以上おかわりしなくていいように、百合子は黙ってたっぷり注いでやった。
百合子はこんなうざい財前太郎と従兄妹同志という事実をマジで嫌がっているのに、彼は何度言っても「恥ずかしいからだろう」、と誤った解釈を直そうとしなかった。
そんなうざい太郎に、玲は本来の協議内容をぶつけた。
「ところで太郎さん?審判はどうするの。卒業生に頼むって話しは?」
「お前の言う通りで、平日は無理だと言われた」
「そうでしょうね……」
「先輩。やっぱり。全部録画をしてカメラ判定するが一番楽じゃないですか?」
雨宮は美しい所作でグラスをそっと生徒会室の小さなシンクへ片付けた。
「でも、カメラはどうやって用意するの?」
百合子の問いに、雨宮は得意げに答えた。
「学校備品のドローンです!後は卒業写真のためにカメラマンが来ますし。それと実行委員個人のスマホですね。これを事前に通達すれば審判への対応も緩和されるかと思いますよ」
このアイディアに玲は興奮して早口で話し始めた。
「そうだ!?保護者にも安全確認をするためにカメラを設置したいっていえば、協力してくれるかもしれない……そうなると、機材に保険を掛けないとね。あと、撮影許可について生徒から同意書を集めるでしょう?……あと、SDカードは幾ついるのかな……」
いざ内容が決定すると、遂行するための作戦が次々と思いつく頼もしい副会長の玲に太郎はふっと口角を上げた。
「決まりだな」
「全く。これだけの事なら、集まる必要無かったと思うけど?せっかくの夏休みなのに……」
太郎の声にぶうと膨れた百合子はチャーミングで可愛い女の子だった。
「ええと、百合ちゃん。議題はもう一つあったでしょう?それで、選抜者は何人に絞られたの、太郎さん?」
「お前が仕切るな!俺が無能に見えるじゃないか!……5名だ。この中には、俺と鳴瀬と雨宮も残っている」
この高明学院の成績優秀者はアメリカのハーバード大学付属校に短期留学が出来る制度があり、これに招待されると帰国した際に、日本の大学受験の遅れを取るという懸念があるため、近年は中学生が応募するようになっていた。
太郎は3回目のノミネートであり、彼はこの椅子を本気で狙っていた。
しかし、一年生で選ばれた事は今まで無いが、雨宮はバイリンガルで英語が堪能。
しかも家が生け花の家元なので、彼はアメリカで日本の伝統文化を広めたいという強い意思があり、有力候補であるので玲には納得できた。
……彼が選ばれたら面白いかもな……
ちなみに玲は自身のノミネートの理由を「ただ女で成績が良いからだろう」と思っていた。
しかも特技も無いのでたぶん、落選間違いないので期待もしていなかった。
「俺はお前が好きだ……」
その時突然、真顔の財前太郎が玲に向かってつぶやいた。
「な、何を言い出すの、太郎さん?」
この進学校は成績の良い人間で構成されており、その気質を天才、奇才、努力家等にざっくり分けて考えると太郎はその中でも多数派である奇人の中の変人に該当するタイプの男だった。
ちなみに外見はそう悪くなく、話をしたことのない他校の女子にはバレンタインにチョコをもらえるレベルの男だった。
そんな財前太郎が、下を向きながらぼそっとつぶやいた。
「俺は、お前がいないと何もできない……」
「ええ?」
太郎の突然の低音甘ボイスに玲は恥ずかしくて頬に手を当てた。
「いつも君の横にいたい……」
向かいの椅子に深く腰掛けている幼馴染みは、そっと彼女をみつめていた。
……どうしよう?ドキドキしてきた。
すると百合子は、奴の背後から手元を覗き込んだ。
「……あのね、玲ちゃん。顔を赤らめているところ申し訳ないけれど、太郎さんは乙女ゲームのイケメン王子のセリフを読んでいるだけだよ」
「はい?」
不敵な笑みを浮かべる財前は、怪しい笑みを浮かべていた。
「フフフ。ようやくお前の弱点を見出したぞ!」
「ひどい!からかうなんて」
「雨宮、これだ。責めるばかりではだめなんだ。搦《からめ》手、つまり弱点だ」
「なるほど。僕にも見せてください!『……お前じゃないと、ダメなんだ』」
「え?」
雨宮が発した男前ボイスのクオリティは彼女の好きな声優に近い声だったので、玲の心が持って行かれそうになってしまった。
……いけない!この場を離れなくちゃ……
ドキドキで足まで震えてきた。
玲は誤魔化すために、使ったグラスを洗い、棚に戻した。
「百合ちゃん、ごめん。相手にしてられないから、私、先に帰るね」
「うん。そうだね。私も部活に顔を出すから。気を付けてね」
「鳴瀬……お前の頬笑みは俺だけのものだ」
「さあ、先輩?僕のところにおいで?」
だんだん上手になってきた彼らから逃げるように彼女は生徒会室のドアを開けた。
帰り道。
玲は百日紅の並木道を一人歩いていた。
オレンジ色の町はそんな彼女の乙女心を優しく包んでいた。
八話 「帰り道はドキドキ」へ
最初のコメントを投稿しよう!