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彼は煤けながら、灰に憧れていた。
原形すら留めず生命を燃やし尽くす、その過程、その終わり。
何と美しい、生の極致だろうか? 腐敗してゆく様を晒さずに、必要性を失い、捨て置かれる哀れさに身を落とさず、現世を去るのだから。
彼は暖炉の傍で微睡みながら、灰になりたかった。
母と姦通していた不逞の輩に実父は誅殺され、奴婢同然の身分に貶められた。
元より奔放なきらいのある母は、前夫の存命中から種違いの子を孕んでおり、その死からひと月も経たぬうちに厨で産気付いた。その嬰児がどうなったのか、彼は知らない。
義父と彼よりも二、三歳上の連れ子共は、驕慢と享楽好き、腕力ばかりが取りえの穀潰しであり、母共々彼一人を残して屋敷を頻繁に開ける。誉れ高き近衛兵だった実父の財産が殖えることは決してない。蟲に食われるように、減ってゆくのみだ。
その一つであった、古き物語を記した彩飾写本は、悉く暖炉で炎の種となった。
美しい売女の母には希薄な感情しか抱いておらず、父には尊敬しながらも憐れみを覚えていた彼の、ただ一つの心の拠り所は、いとも容易く存在を踏みにじられ、色鮮やかさと共に永久に消え失せた。
その涙すら渇くような熱気の中で、彼は灰に憧れた。
己の肉体も、精神も、一切を灰燼に帰すような激しい何か。
彼は死への衝動に魅入られていた。あたかも、思弁を重ねた哲人の辿る末路のように。
彼は灰かぶりと呼ばれていた。
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