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恩師
墓前に彼女が好きだった百合の花を添えると、私はその場を後にした。
「いいんですか?恩師だと仰っていたのに?」
「いいさ。私自信が勝手に恩師と慕っていただけに過ぎないからね」
「そうなんですか? まぁ、先生が葬儀に出席されないなら私は仕事に戻りますけれど、お宅まで送りましょうか?」
「気を使うなよ。なんとなく歩きたい気分だ」
「畏まりました。それでは、明日お伺いいたしますので、作品の方よろしくお願いします」
私は手を挙げて返事をすると、煙草に火をつけ紫煙を口に含んだ。
「まったく。悲しんでいる暇すらないな」
男が口にした作品とは私の小説のことだ。
薄々勘づいてはいたが、一回忌に参列する私を励ましに来たのではなく、作品の催促に来たらしい。
昔は作家を一番に考える良い奴だったが、立場が変わってあいつも会社に染まってしまった。
私は一人寂しく苦笑すると、当時を回想した。
20代後半、フリーターとしてその日暮らしを続けていた私が作家になることを目指したのはとある作品との出会いがきっかけだった。
それこそ、破竹の勢いで成長を続けた日本きっての文学作家であり、私が師と仰ぐ女性の作品。
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