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とある国の地下にある喫茶店で少年が一人、歌を歌っている。
スポットライトの淡い光は少年だけを照らしている。
まるで、ここには彼しかいないかのように、喫茶店の客たちは黙して、歌声に耳をかたむけている。彼の歌声を聴くためにこの店の常連になる客も少なくない。
少年は美しい銀色の髪に、海の青を思わせる碧眼を持っている。
黒いシャツから覗く肌は透き通るように白い。
そして、異様なほどに美しい顔。その表情は大人びているが、少年らしい無邪気な笑顔も垣間見える。
その喫茶店に父と娘の親子が入ってくる。娘のほうはまだ幼く、父親と繋いでいないほうの手にはぬいぐるみが握られているが、きらびやかなドレスを一人前に着ている。
父親はシルクハットに黒いスーツと、紳士らしい服装がよく似合っている。
父親は店員にコーヒーとココアを注文し、少年が歌っている舞台とは離れた席に娘と座る。
親子も少年を眺める。彼には人を魅了する力があると、父親は感じた。
「パパ、パパ」
「なんだい? サリー?」
「あれ、あの子がいい。誕生日プレゼント。かっこいいしおうちに来てくれたら私もうれしい!」
娘――サリーは少年を指さす。
その表情は新しいおもちゃを手に入れた時のようにキラキラと、輝いている。
「でも、彼は売り物じゃないからね。難しいと思うよ」
「えー!」
サリーはすねたように呟き、ココアのコップに口を突っ込む。
顔をあげると口の周りにココアの白い泡がついていた。
「ははは」
父親は笑いながらサリーの口元を拭う。
そして、もう一度、舞台のほうに目をやる。
「ふむ」
「ダメなの?」
サリーは上目づかいで父親を見る。
「確かに、私も彼を魅力的だと思うよ」
「でしょう!」
一気にサリーの瞳に輝きが戻る。
「上手くいくかは保証できないよ」
「それでもいいから」
父親は立ち上がる。
パンッパンッ! ――と、父親が手を打つ。
少年は歌うのを止めて、驚いた表情で父親を見つめる。
「お客様方、申し訳ないのですが、彼の主人をご存知の方はいらっしゃいませんか?」
「私くしですわ」
父親の斜め前の席に座っていた小太りのマダムが立ち上がる。
華やかなドレスを着て、指には宝石の指輪をいくつもつけている。
「一応言っておきますけど、私くしこの店のオーナーですわよ」
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