人間の国で

2/20
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 とある国の地下にある喫茶店で少年が一人、歌を歌っている。  スポットライトの淡い光は少年だけを照らしている。  まるで、ここには彼しかいないかのように、喫茶店の客たちは黙して、歌声に耳をかたむけている。彼の歌声を聴くためにこの店の常連になる客も少なくない。  少年は美しい銀色の髪に、海の青を思わせる碧眼を持っている。  黒いシャツから覗く肌は透き通るように白い。  そして、異様なほどに美しい顔。その表情は大人びているが、少年らしい無邪気な笑顔も垣間見える。  その喫茶店に父と娘の親子が入ってくる。娘のほうはまだ幼く、父親と繋いでいないほうの手にはぬいぐるみが握られているが、きらびやかなドレスを一人前に着ている。  父親はシルクハットに黒いスーツと、紳士らしい服装がよく似合っている。  父親は店員にコーヒーとココアを注文し、少年が歌っている舞台とは離れた席に娘と座る。  親子も少年を眺める。彼には人を魅了する力があると、父親は感じた。 「パパ、パパ」 「なんだい? サリー?」 「あれ、あの子がいい。誕生日プレゼント。かっこいいしおうちに来てくれたら私もうれしい!」  娘――サリーは少年を指さす。  その表情は新しいおもちゃを手に入れた時のようにキラキラと、輝いている。 「でも、彼は売り物じゃないからね。難しいと思うよ」 「えー!」  サリーはすねたように呟き、ココアのコップに口を突っ込む。  顔をあげると口の周りにココアの白い泡がついていた。 「ははは」  父親は笑いながらサリーの口元を拭う。  そして、もう一度、舞台のほうに目をやる。 「ふむ」 「ダメなの?」  サリーは上目づかいで父親を見る。 「確かに、私も彼を魅力的だと思うよ」 「でしょう!」  一気にサリーの瞳に輝きが戻る。 「上手くいくかは保証できないよ」 「それでもいいから」  父親は立ち上がる。  パンッパンッ! ――と、父親が手を打つ。  少年は歌うのを止めて、驚いた表情で父親を見つめる。 「お客様方、申し訳ないのですが、彼の主人をご存知の方はいらっしゃいませんか?」 「私くしですわ」  父親の斜め前の席に座っていた小太りのマダムが立ち上がる。  華やかなドレスを着て、指には宝石の指輪をいくつもつけている。 「一応言っておきますけど、私くしこの店のオーナーですわよ」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!