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人々の数多の願いにうんざりしていた頃だ。
お前の“願い”だけは違っていた。
己の欲望を満たす為の願いではなくただ一言。
『ここに来れてとても嬉しいです。心より感謝いたします。』
それだけだ。
私は社殿の前で手を合わせて一礼し終えたお前に風を吹かせてやった。
お前は私が吹かせた風に気付いて微笑んだ。
お前の声は聴こえているよ。
お前も私に気付いているのだ。
それが、愛しい。
お前の事は誰よりも愛しく思う。
けれど、お前はある日罪を犯した。
人間に傷付けられ、己を嘆き、己自身を傷付けた。
私の声も風もお前には届かない。
己の殻に閉じこもり、人から身を守る為に牙を剥き、私を忘れてしまった。
あの純真なお前はどこへ行ったのか。
こんなに私はお前を愛しいのに気付いてくれぬ。
気付いてくれぬからお前の元に行き、涙を流して眠るお前を抱いて寝る。
お前は僅かに私の気配を感じて安堵の表情を見せる。
『あたたかい…』
お前は呟いて眠りについた。
私の存在はこの世界のエネルギーの一部であり、その性質を一文字で表すならば『荒』。
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