真夜中の街

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私は男性の隣にそっと腰を掛けた。遠くから見ていたので分からなかったが、男性は色合いの悪い破れた服を着て、ごみのような臭いを発していた。恐らく、ホームレスというやつだった。顔は影になり、よくは見えなかった。 男性はただただ地面の蟻を見ていた。餌を探して歩くが何も得られずに、無様に動く蟻を。 私は独り言のように言った。 「私は頭がおかしくなってしまったんでしょうか、それとも町がおかしいのでしょうか」 「・・・誰もおかしくなんかない、みんな正常だよ」 男も独り言のようにつぶやいた。 「・・・ここはどこなんでしょう。私は間違って迷い込んでしまったのかもしれません」 「何を言っているんだ。お前が生まれてからずっと住んでいる街だろう。どこにでもある、普通の街だよ」 私の頭は催眠をかけられたように、また意識がぼんやりとしてきた。 「考えるのはやめなさい。固定観念をそのまま受け入れるんだ」 「固定観念?」 「そうだ、例えば店は深夜に営業する。例えば人は殺されても仕方がないもの。考えずに受け入れるんだ。そうすれば君は生きていける」 「・・・そうしなければ?」 「なんとなく、分かるんじゃないか?」 「・・・」 私は言葉を発することができなくなっていた。 この男の横顔がまるで自分そのものであるかのように感じていたからだ。 「この街は、自分がおかしいことにも気づけなくなっているのだ。飲み込まれるな。しかし流れに逆らうな。君は幸せになれるから」 男は少し笑った。私は安心していた。この街で初めて、人らしい笑顔を見た。 「・・・分かりました」 地面を見ると、さっきまで一生懸命動いていた蟻が死んでいた。私はそのホームレスの目がどこか哀しげであったのを覚えている。
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