第1章

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 何より奇妙なのは、顔に被った白い面。目と口の部分だけが繰り抜かれただけの、素朴な造りの代物だ。 「あの……女の子が黒い猿に攫われて……」  言葉が通じるなら助けて貰えるかもしれない。  この人がどれだけ夜の世界に通じているか分からない。焦る気持ちを抑え、つかえながらも説明する。 「攫猿か。経血を啜るだけの卑しいけもの。その子は月の障りだったのだろう。心配することはない」  理解が遅れて追い付く。生理のことか? 血を啜るって―― 「それよりも、時刻が問題だ。日の出は5時27分か。まれびとになるつもりがないのなら、急がなければな」  そんなに時間を掛けるつもりはない。早くしないと彼女は――  焦る僕を眺める男の表情は分からない。だけど、小さく一つため息を吐くのが聞こえた。  懐中時計で時刻を確認すると、旅行鞄を開ける。 「手助けする義理もないが、選択肢くらいは与えられるべきだろうな」  微かに響く悲鳴を頼りに、真っ暗な階段を上る。  やるべき事が分かっている今は、不安や恐怖より義務感の方が勝っている。  足音を潜ませ、すすり泣きが漏れる部屋へと近づく。  開いたままの扉の向こうで、組み伏せられた彼女の白い脚が蠢くのが見えた。 「こっちだ獣!」  わざと大きな音を立て、攫猿の注意を引く。  男に借りた面を被った僕は、美しい少女に見えているはず。  黒い獣は縛り上げた彼女を残し、劣情に歪んだ顔で俺に掴み掛かって来る。  獲物は多いほうが良いという訳か。  悍ましさに総毛立つが、彼女が受けるはずだった辱めを思えば、比べるべくもない。  来た道を引き返し、屋上まで階段を駆け上り、面を脱ぎ捨てる。  開け放たれた扉の先では、紅く濁った満月の下、仮面の男が立っていた。  山高帽を脱ぎ、仮面を取り換えただけで、体格は引き締まった男性の物であるはずなのに。  その姿は、妖艶な聖女の物に見えた。  欲情で濁った眼では、張り巡らされた糸には気付けない。  足を取られバランスを崩した攫猿は、男が僅かに身を翻すだけで、腐りかけた柵を巻き添えに地上へと墜ちて行った。  彼女を家の近くまで送り届けた後、僕は家へと走った。 『夜明けまでに戻らなければ、お前達も夜を歩くものになる』  別れ際、面職人だと名乗る男が言い残した言葉だ。 『名を無くし顔を無くし。異形に成り果て終わらぬ夜を歩き続け。最後は夜に飲まれその一部になる』
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