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吹く風が温み、緑が芽吹き始める春の日。ボクは数年ぶりにこの街に訪れた。
この国でも主要となる港を抱えたこの街には、オペラの興行でやって来ているのだけれど、毎年派遣される歌手や踊り子は音楽院のお偉方が決めているので、いつも同じ顔ぶれが同じ街に来るとは限らないし、同じ面子が揃うとも限らない。
今年はお気に入りの後輩と一緒だし、この街にはボクを寵愛してくれている貴族がいるので、気に入らないやつも来ていることに目を瞑れば満足のいく生活が送れそうだった。
首都以外でのオペラの公演期間は春の半ばから秋の始めにかけて。いつもこの街に来るときは短い時間に感じていたけれども、今年はどうだろう。一抹の不安があった。
不安の種は、気に入らないやつが来ていると言うだけでなく、この街に来ることが決まったときに、ボクを大事にしてくれている貴族に手紙を送ったのに、返事が返ってきていないからと言うのもあった。
もしかしたら、首都を出たあとにあの方からの手紙が入れ違いで音楽院の方に届いているのかも知れないけれど、どうしても不安を拭えなかった。
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