雪山の指輪

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 登頂を終えた精児は、いつものように食事を取ることにした。  山頂付近は人が多かったので、少し下って、登山道から脇に逸れた。  するとぽっかりと木々の生えていない絶好の空地を見つけた。  突き出した岩も雪を払うと、ちょっとした台になる。  精児は雪を丸めて鍋へ放り込み、コンロにかけた。  白く氷った木々が、どこまでも続いているのが見える。  ここには登山客も来ないので、景色は精児の独占である。  と鍋からカタカタカタカタと妙な音が聞こえてきた。  蓋を開けてのぞき込むと、鍋の中に指輪がひとつ沈んでいる。  水の沸騰に揺られてカタカタと音を立てていたようだ。  それは全く身に覚えのないものであった。  精児は火を止め、湯を捨ててから、指輪をつまみ上げた。  簡素な銀の指輪であった。結婚指輪のようである。  文字は刻まれていない。  新しいものなのか古いものなのかもよくわからない。  おそらく雪に埋もれていたものを、雪ごと丸めて火にかけてしまったのだろう。  けれども、なぜこんなところに指輪があるのかが分からない。  新雪を丸めたのだから、地面に落ちていたわけではない。  雪の上に落ちていたのだろう。  しかしここは登山道からも逸れている。  誰かが倒れているのではと見渡してみるが、一面の雪だ。  近辺を歩いて確かめてみたが、何もない。  考えてみれば足跡も自分のものしかなかった。  精児はすっかり気味が悪くなった。  食欲も薄れたので、荷物を片付けて登山道へ戻る。  しかし指輪を捨てるのも気が引けて、バッグに入れて持ってきてしまった。  山頂付近は電波が悪かったので、精児は下山してからA山の管理局に電話をかけた。  誰かが遭難をしたという話も、指輪をなくしたという話も聞かないらしい。  ただ稀に、春になると死体が見つかることはあるという。  精児は自分の連絡先を教えると、警察に届けますと言って電話を切った。  しかし警察には届けずに、家まで持ち帰った。  そして部屋のどこからでも見えるよう、指輪を小棚の上に置いた。
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