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そのうち精児は、指輪を雪山での戦利品だと考えるようになった。
もし落とし主があらわれた場合、その話を聞く権利が自分にはあるだろう。
またもしこれが雪山で命を落とした人の物ならば、春になれば発見されるだろう。
そうしたらその人の遺族に会って、指輪を届けることができるかもしれない。
指輪のサイズからして、女性のものに違いない。きっと美しい人だろう。
だったら、たとえ死体でもいいから会いたい。
精児はそう思うようになっていた。
やがて春がきた。
指輪の一件以来、精児は山に登る気が起きず、休日は指輪を眺めて過ごした。
残雪はしぶとく、5月まで残っていた。
初夏になっても、A山の管理局から連絡はなかった。
ためしに管理局に電話をかけてみると、雪はあらかた溶けたという。
しかし死体などは見つからなかったそうだ。
さらに話を聞くと、管理局は指輪のことも、精児の連絡先も控えていなかった。
担当者もすでに変わっていた。
精児はあわてた。
とりあえず連絡先を伝え、指輪のことで誰かが訪ねてきたら連絡をくれるようにと言った。
だがもう居ても立ってもいられなかった。
もしかすると指輪の持ち主が、山道を探し回っているかもしれない、そう思うと仕事も手に着かなかった。
精児は職場に休暇を申し出て、飛行機に乗り込んだ。
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