1: T

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 灼熱の荒野の中、砂埃を巻き上げながら、男はジープを走らせていた。延々と伸びる国道にもそのわきの大地にも、地平線に切り取られた恐ろしく青い空にも、生き物の影はない。  限界まで汚れたフロントガラスの向こうを睨みながら、Tはもう二日も車を走らせている。先日まで寝床にしていたアパートメントでは暴動があり、隣人の死体が廊下に残る建物で生活する選択肢は彼になかった。都会は駄目だ、彼はそう考えた。人が多い場所では食べ物や道具も多く残っているが、同じだけ争いが絶えない。  彼が運転するジープは、妻が彼女を殺した病に冒される前に、彼に勧めてくれたものだった。最新式の電気自動車は、ルーフを覆う高性能の太陽電池を動力源にしている。陸軍を抜けて要人警護を始めてからの彼の趣味はキャンプと釣りだった。この車に妻を乗せて釣りへ行ったのは一度だけだったが、車は彼女を失った後のTを生かした。充電を必要とする自動車は今ではほとんどただの鉄の塊だし、内燃機関を積んだ車を走らせるにはガソリンを探し回らなければならない。     
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