1: T

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 ショットガンを構えたまま、Tはカウンターに近づく。汚れた皿やグラスが棚に詰まっているが、一瞥しただけでは食べ物らしきものは見えない。その時、奥の廊下へ続く戸口から足音を聞き、Tはそちらへ銃口を向けた。  不注意な足音に続いて間口に現れたのは、五十絡みの太った男だった。男は客人を予期していなかったのだろう、彼の姿と銃口を見て慌てて両手を上げた。Tが暴漢であれば、この時点で男は死んでいる。 「よう、お客人」  それでも男は図太く言った。へらりと笑った分厚い唇の隙間に、黒くなった歯が覗く。脂肪の下がった腹の下のズボンは前が開いたままだ。Tは眉間に皺を寄せたまま、声を低くして言った。 「営業中か」  男は熱心に頷いた。「大したもんはねえが、酒とつまみくらいならある。一杯どうだい」 「何がある」  Tがそう言うと、男は開いたままだったズボンの前を閉めながら、銃を警戒するように彼に腹を見せつつ、横歩きにカウンターの中へ入った。「コックの頭を吹き飛ばす気じゃねえなら、そいつを下げてほしいもんだが」  男が棚からウィスキーのボトルを掴んだのを見て、Tはショットガンの銃口を下げ、言った。 「酒はいい。食い物は、何がある」  しかし男は聞いてか聞かずか、グラスに半分ほどウィスキーを満たすと、にやにやと笑いながらカウンター越しに彼のほうへ近づいてきた。顔が赤いところを見ると、男は酔っているようだった。     
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