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第3話『仲間』
ジンタ、タジキ、ルーはコルトとレベナに食料を分けてもらって食事をした。
コルトとレベナは親切で、それでいて頼もしく強い。
それは先の戦闘を見ていれば明らかだ。
腹が満たされ、ようやく身の安全が確保された3人の緊張は一気に解けた。
食後に、タジキとルーは木陰ですやすやと眠りだした。
昨日から緊張しっぱなしだったのだ。
無理はない。
しばしの休憩の後、ジンタは傷の手当てをしてもらった。
止血していた布を解いて、言われた通りに患部をレベナに見せた。
それは不思議な技法だった。
「ヴァル・ソマ・ス・ネウ・ソウマ。
…ヴァル・クルサ・ス・ソム・ネ・ンワドナ・ア・“ソロ”、“トラオス”、“ラック”、“ネル”・オ。
…クルス・ン・マテライザド・ア・オ!」
レベナが手を当てて呪文めいた言葉を呟くと、ジンタの患部が淡く光り、暖かくなって痛みが引いた。
完治には至らなかったが、問題なく動けるまでに回復した。
目を覚ましていたタジキが、
「すごい!
魔法だ!」
と叫ぶ。
ルーは羨望のまなざしをレベナに向けた。
そして、
「ねぇ、レベナ。
その技、私もできるようになりたい。」
と率直に頼んだ。
「いいわよ、ルー。
旅をしながら少しずつ教えてあげる。」
とレベナは快諾した。
「いいな、俺も!」
便乗するタジキ。
「俺もお願いします。
少しでも何か力を付けたいです。」
「わかったわ。
3人に教えてあげる。」
レベナはジンタの真っすぐな目に微笑んで答えた。
ジンタ、コルト、レベナ、ルー、タジキの5人は木陰に集まってこれからのことを相談した。
タジキが発言する。
「俺らは安全な村なり町なりに隠れようと思ってて。
ルー、この近くにある村はあとどれくらい?」
「えっと。
地図で見た記憶が確かならだけど、村はこのまま南下しても何日もかかるはずよ。
北には何もないし。
小さな集落ならこの山の下にあるはずだから、夜までには着けると思うんだけど。」
コルトは腕を組んで言った。
「ふむ。
君らは、ここより北にある俺の村の存在も知らないわけか。
ま、俺もヒガ村の存在は知らなかったし、俺の村はとんでもなく辺鄙なところにあるからな。」
どうやらコルトもやや遠いながらも近隣の人間らしい。
ルーは村長の娘として、ヒガ村の説明をした。
「私達の村は他の村や町とは交流をしていないの。
一部の人は他の集落と特別にちょっとだけ交流しているけど、私達は村に隠れ住むならわしなの。」
ヒガ村がおそろく閉鎖的で、まじないで周囲から隠れ、交流を断絶していることはジンタもタジキも知っていた。
そのまじないも今回の事件で破れたようだが。
「とにかく、ろくに村を出たことがない俺らはふたりについて行くしかない。
そして、安全な村なり町なりにまで連れて行ってもらったらそこに隠れよう。」
ジンタの言葉に、ルーもタジキも頷く。
コルトとレベナは、この国、シュニの首都サグラを目指しているという。
シュニは、東のフォルド帝国と西のムレン皇国の間にある南北に長細い縦長の国で、フォルドとムレンという2大国の国境としての役割を担っている小国だ。
シュニは、南に首都があり、実質は南部のみがシュニの統治圏といえる。
中央部のクロヌ地域と北方域は、もともとは不確定地域ではあったのだが、フォルドとムレンが衝突を避けるために、強引にシュニ国下に属させたようなものだった。
この辺り、クロヌ以北は人口が極めて少なく、険しい山々が連なっているため、2大国も手を伸ばそうとしない。
コルトとレベナの2人はここから更に北の北方域の村から出発し、南下して今いるクロヌ地域にたどり着いたという。
中立的な立場のシュニ国は本来、小競り合いの争いはあっても、凶暴な魔物などはいない平和な国だと2人は語った。
だが今は、シュニの首都サグラに近づくにつれて凶暴な魔物が出ることに2人はきな臭さを感じているという。
とはいえ、コルトとレベナはなんとしても首都サグラへ向かわなければならないらしい。
コルトとレベナは、当初このまま下山して初めて見つけた集落で3人と別れるつもりだったが、ヒガ村の状況や山賊の行動から考えて、この周囲に安全な集落はないと判断し、ある程度の規模の村なり町に出るまで同行することに同意した。
ジンタは、町に出れば妖刀に詳しい人がいるかもしれないとも考えていたので、この選択がベストであると思った。
それに身寄りのない3人だ。
ある程度の大きさの村や町でないと隠れるのも難しいだろう。
出発前に、5人は周囲で水や食糧を調達した。
3人はこの地域の植物に詳しかったので、彼らの食料調達力にはコルトとレベナも助かったようだ。
レベナはルーとタジキに荷物を持たせていた。
ジンタは大きい刀を背負っていたため、あまり荷物が持てないからだ。
コルトがジンタに近づいてきた。
「なぁ、ジンタ、その剣、もう一回触っていいか?」
ジンタは少し抵抗があったが、
「抜かないのなら。」
とコルトに鞘に収まったままの刀を渡した。
妖刀を隅々まで見回すコルト。
しばらく見回してから、コルトはジンタを背にして直立する。
そして、右腕を水平に突き出して、鞘を右手で握って静止した。
「?」
ジンタはその行為を不思議そうに見ていた。
しばらくして、コルトは刀をジンタに返し、
「この剣の名前、“サヤタカ”っていうみたいだぞ。」
と言った。
ジンタは、そんな意匠がどこに書いてあるんだろうと不思議に思った。
◇ ◇ ◇
さて出発しようか、というそのときに、バサッという音が辺りに響いた。
河原に大きな何かが影を落としているのが見える。
それはかなり高速に動いているようだ。
「おいおい、今度は翼竜かよ…。
ついてねえなあ…。」
コルトが面倒くさそうに立ち上がる。
そして、ちらりとジンタの刀を見た。
レベナは3人を速やかに木陰に隠して、そのまま3人に付き添った。
「ここはコルトに任せて。」
ジンタは恐ろしさでいっぱいであったが、タジキとルーのふたりをレベナと挟むようにして庇い、コルトの行動に注目した。
河原にずんずんと出て行くコルト。
すると、上空から大きな翼をもったヒガ村でも見た羽の生えた黒い爬虫類の魔物が下りてきた。
ジンタとルーとタジキは恐ろしくて震えてしまった。
とてもひとりの人間にどうにかできるような相手には見えない。
翼竜は一度着地すると、ギャー!と叫んでコルトに飛びかかった。
ルーは恐ろしさから完全に目を覆った。
ジンタとタジキは食い入るようにそのシーンを目に焼き付けた。
そこからの数秒間はふたりの脳裏に強烈な記憶として残り続けることになる。
コルトは鈍く光る棒のような武器を腰から抜くと、その巨体からは想像もつかないジャンプ力で翼竜に飛びかかった。
そして、牙をむく翼竜の側頭部と長い首の間をその棒で殴った。
ゴッという鈍い音がして、翼竜の頭の軌道が変わり、首がグニャリと曲がる。
コルトはそのまま着地すると、翼竜の様子をうかがった。
が、あくまでもそれは念のための行為だったようだ。
翼竜は頭部から首が不自然に曲がったまま地面に落下し、そのまま動かなくなった。
「こりゃ、仲間が居るかもなあ。
ここを早く離れよう。」
コルトは未だ準備運動中のように腕を回した。
「そうしましょう。
さ、みんな行くわよ。」
レベナは皆に出発の準備を促した。
3人は呆然と立ち尽くしていた。
ルーは決定的な場面を見ていなかったためか、なぜこのような結果になっていたのかまるで理解できていないようだった。
◇ ◇ ◇
5人は山道を歩いていた。
河原を歩くことは目立ちすぎるとレベナが反対したからだ。
先頭のレベナと末尾のコルトに挟まれて3人は歩いた。
また何に出くわすかわからない。
ジンタとルーは緊張しながら歩いた。
ただひとり、タジキだけは場違いに興奮していた。
「すげー!
あんなの一発で仕留めるなんて!」
タジキがさっきのコルトを絶賛している。
安全が確保されて緊張の糸が切れてしまったのか、タジキは本来の明るさを必要以上に取り戻していた。
それにしても、うるさい。
後ろからコルトがタジキの頭をガッと掴んで、
「ああ、すげえすげえ。
お前今、すげえ目立ってるから魔物共を呼んでいるようなもんだな。」
と脅した。
タジキはやべっという顔をして黙った。
実は、ジンタもさっきのコルトには強い感銘を受けていた。
岩竜のときも凄いとは思ったが、まさかこれ程とは。
しかも、急所一発だ。
身軽でとんでもない攻撃力の筋肉の塊だ。
この人について行けば、自分も強くなれるかもしれない、とジンタは思った。
強くなれれば、ルーやタジキを守ることも、村が襲われた理由も知ることができるかもしれない。
村人みんなの雪辱を果たすことができるかもしれない。
そして、この不思議な妖刀サヤタカについても何かわかるかもしれない、と。
「でも、コルトがいればあんな奴ら一撃だろ。」
とタジキは声を抑えて言った。
「んなわけあるか。
ここまでは運が良かったんだよ。」
と、巨体でのっしのっし歩きながらコルトがタジキを見る。
コルトはジンタに近づいて肩に手を置いた。
「さっきは魔物1匹だったからやれたんだ。
あれが3匹以上だとやばい。
その時はジンタも戦えるか?」
ジンタは背中の刀の鞘をそっと左手で触った。
「俺で戦力になるなら。」
「ちゃんと訓練すれば戦力になるさ。」
ジンタは考え、そして決心して言った。
「俺に魔物との戦い方を教えてください。
俺は対人用の基礎武術しか知らないから…。」
「そうか。
では、旅をしながら少しずつ教えよう。」
コルトはニコリと笑ったが、目には武術の師匠のような真っ直ぐとしたものがあった。
タジキが割り込んできた。
「俺も何か戦える物、持って来ていれば良かったなあ。」
ずいぶんと呑気な奴だ。
ルーがそんなタジキの言葉を聞いて呆れた顔をした。
レベナが、
「まだ敵はどこから来るかわからないわ。
あんまり気を抜いちゃダメよ、タジキ。」
と、ルーの気持ちを代弁するようにタジキを諭した。
タジキはようやく姿勢を改めたようで、ピッと背を正して歩いた。
レベナは皆が辛くないようにと休み休み歩いてくれたが、それでもペースは速くて3人の息が乱れた。
山育ちの3人よりも楽々進むコルトとレベナはよほど旅慣れているようだ。
4,5時間歩くと、3人は流石に疲れてきた。
それに、日が傾きかけている。
集落は避けることになったのだから、そろそろ野宿できる場所を探さなければならない。
コルトはちょいちょい道を外れ、岩陰などの雨風を凌げる場所を探した。
それから1時間ぐらいして、ちょうど上部に突き出した岩が洞のような空間を作っている場所をコルトが見つけた。
そこは山道からも見えず、多少の火なら熾しても問題なさそうだ。
コルトは岩の強度を確認して、4人を誘導した。
「風は少し入るが、この季節なら大丈夫だろう。」
3人は緊張の中、1日中歩き疲れてへとへとだった。
早めの夕食を取るとすぐに寝てしまった。
昨日今日と、壮絶な2日間だった。
レベナは、
「もう、虫!
…はぁ~。
宿で寝たいわ…。」
と虫よけの油を塗りながら、ぼやいた。
◇ ◇ ◇
朝方、やっと空が明るくなりかけた頃に5人は起きた。
レベナは3人に、魔術のための基礎的なレクチャーをした。
それは、食事しながらでも歩きながらでもできる簡単なものだった。
それは、ある1点に意識を留め、眺め続けるという単純なものだ。
呼吸、指の先、歩く足の裏、食事中の唇…。
それは何でも良いという。
レベナはとりあえず簡単な例として歩数を数える方法を勧めた。
意識が規則正しく同じ所に向いていれば良いとのことだ。
ぐるぐると周囲を歩いて練習する3人。
タジキは「簡単簡単!」と言い放ったが、ジンタにはその単純な意識の使い方は思いの外難しいと感じた。
まずは何か考えが浮かんでも良いと言われていたが、考え出すと思考に意識を取られ、すぐに決めた対象物から意識が外れてしまうのだ。
「これが、解想法の基礎中の基礎よ。
まずは、これを5分でも10分でも連続してできるようになることね。
ただし、あまり集中しすぎないこと。
集中は最初だけで、あとはぼーっとただ眺めるだけよ。」
ジンタはそれが余計に難しいと感じた。
それから、ルーは事あることに「1点をただ眺める、1点をただ眺める…。」と呟くようになった。
タジキは思い出したらやるようにはしていたが、早くも飽きている様子だ。
それから、レベナとタジキとルーの3人は水や食料を調達しに出掛けて行った。
タジキとルーは植物に詳しく、ぱっと見は単なる雑草でも簡単な熱処理をすることで食べられるようになり、レベナを驚かせた。
また、タジキは貴石について詳しく、運良く岩壁から大きな塊を見つけてルーに自慢している。
コルトはジンタに人型ではない魔物との戦い方をレクチャーしていた。
「魔物は、肉体を持たない霊体タイプがいる。
こいつらには物理的な武器が通じない。
そういう場合は、レベナから支援魔術を武器に付与してもらう必要がある。
まあ、肉体を持つ物理タイプにも支援魔術は有効だから、とにかく戦闘前に支援魔術をかけてもらうんだ。」
「その2タイプの見極めはどうしたら良いんだろう?」
ジンタがコルトに質問する。
「氣はわかるか?」
「えぇ。
村の武術で習いました。」
「氣が重いのが物理タイプ、軽いというかガスのように感じられるのが霊体タイプだ。」
よくわからない、という顔をするジンタ。
「こればっかりは、経験で掴むしかないなあ。
半透明の奴とかふわふわ浮いている奴とか、見た目で明らかに霊体タイプの奴もいるしね。
それらの氣を感じて慣れていくしかないなあ。」
コルトは、「ま、とにかく戦闘前に支援魔術だ。」と付け加えた。
次にコルトは、「対魔物では急所を見分けることが大事だ。」と続けた。
特に人よりも大きく力の強い相手の場合は、まともに戦うのは分が悪い。
これも、経験と勘が大事だが、首の長い奴は首とか、背中が鎧みたいな奴は腹とか、系統である程度の推察は可能とのことだ。
…早く強くならなければ。
ジンタが手をぎゅっと握る。
今までは村から出ずに、弱い魔物であってもとにかく逃げることを教わってきていた。
だが、ここからは武術も実践だ。
先のコルトの戦いぶりを自分に重ねてみる。
あんな風に戦えたら…。
自らの中に熱い高揚感が湧くのを感じた。
その後、ジンタとコルトは妖刀について話した。
「この刀は、ヒガ村が厳重に隠し管理していた物なんです。」
管理者は同時に3名しかおらず、ジンタと親友のコウは武術の適性から管理者に選ばれた。
もう1人の管理者は村長で、とにかく村外に出すことや、人の手に渡ることは避けなければならないと言われていた。
「“刃は本来、己を絶つときに使うものだ。
人を斬る前に、まずは己を斬れ。”」
そう村長に言われ続けていたことをコルトに伝えた。
コルトは、
「己を斬る刃…。」
と呟いて、そのまま考え込んだ。
レベナとルー、タジキが戻ってきて、朝食を取った。
その後、出発の準備をした。
タジキは貴石を発見した自慢ばかりしていて、もう早くも解想法の練習のことなど忘れているようだ。
日の出と共に、5人は出発した。
ルーはわざとらしく歩数を数え始めたので、すっかり忘れていたタジキもそれの真似をした。
この日も、人の気配を避けて移動した。
やはり、今までの情報からでは山賊や魔物の狙いがはっきりとしないためだ。
不用意にこの地域の人と接触しても、敵味方の判別は難しいし、味方だったとしても今回の事件に巻き込んでしまうかもしれない。
また、食料に関しては、ルーやタジキの活躍もあって補給をせずともなんとかなりそうだ。
そのため、この地域からまずは目立たず脱出することを優先とした。
山賊の行動圏外に出れば、人と接触しても安全だろうと考えたのだ。
休憩時、レベナがコルトに小声で話しかけるのが聞こえた。
「やはり、“広域探査結界”っていうのかしら…。
この地域に何か特殊な意図が張り巡らされているわ。
何かを探索しているような…。」
「ふぅん…。」
コルトは、考え込んでしばし目を閉じた。
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