真夜中、それは目の前にぶら下がっていた…

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真夜中の0時にふと目がさめる。 そんな時、京也は決まって暗闇に目を凝らす。 …そこには、いつも決まって袋があった。 天井からぶら下がる袋。 片手で掴めるほどの赤い紐に繋がれた小さな巾着のような袋。 それが、天井の中心から、まっすぐ京也の真上にぶら下がっている。 昼間には、それを見ることができない。 決まって、ふと目が覚めた真夜中にしか見ることができない。 輪郭のぼやけた袋。 いつから見るようになったかはわからない。 しかし、何度も見るうちに、次第に京也はそれに親しみを持つようになっていた。 なぜか、懐かしい感じ。 そんな時、決まって祖母のことが思い出される。 『いいかい、「袋さま」に出会っても、絶対にそれを開けてはいけないよ。』 それは、祖母の言葉。 京也がまだ幼い頃に祖母とともに布団の中で聞いた言葉。 『開けたくなる時が、何度もあるかもしれない。でも、決して開けてはいけない。』 夢うつつの中で、祖母は決まって天井を指差すとそう言った。 『そうじゃないと、きっと後悔することになるのさ…。』 最初こそ、何のことかわからなかった。 しかし、今ならわかる。 暗闇に、ぶら下がる袋。 その中身を、いつしか京也は欲するようになっていた。 今年で30になる京也には、その言葉はもはや痛いほどにわかっていた。 都会でフリーターとして働く毎日。 就職氷河期の時代、企業にまともに就職できなかったツケ。 いつくかの短期間のバイトをこなし、定職にもつけず、安定した収入も得られない。 年ごとに簡単に首を切られる人生。 いつしか体も壊し、実家に戻る金すら無くなっていた。 そんな時に、目の前にぶら下がる袋。 何かが入っているような袋。 京也の望むものが入っているように見える袋。 その中身を欲せずにはいられない。 苦しい、今その時こそ、その中身が必要なのではないのだろうか。 不幸な今だからこそ、そんな言葉が頭をよぎる。 後悔なんて知るものか。 今だからこそ必要なんだ。 そうして京也は暗闇の中に手を伸ばし… …それから、50年の月日が経った。 今や老いた身になった京也は病院のベッドの上で袋を見上げている。
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