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『そろそろ閉園か』
煌牙が高い天窓を見上げると、まだ日は明るい。しかし壁の時計はすでに六時をまわっていた。
「おー、おー。迎えが待ち遠しくてたまんないって感じだな」
『うるさい』
男の言うとおり、このあとは休日を一緒に過ごす予定の恋人が自分を待っている。月に一度だけ、人間の姿で過ごす休みは自分にとって特別なものだった。多少、心待ちにしていても許してほしい。話しているうちに終業を知らせるチャイムが園内に鳴り響く。
「よーし、終わった終わった。煌牙、服は籠に入れておいてあるぜ」
『いつも済まないな』
「いいって。楽しい休日を過ごせよ」
掃除道具を片付けようとする男に背を向け、煌牙はのそりのそりとゆっくり歩いて、檻の出入り口に向かう。置いてあった竹籠の中には、男の言うとおり先月から用意しておいた下着と服が入れられている。周囲に誰も見ていないことを見計らい、煌牙は脳内で自分の人間の姿を思い浮かべ目を閉じる。人間の姿に戻るのは一ヶ月ぶりだ。
「煌牙、おつかれ。楽しい休日を」
「ありがとう」
一ヶ月に一度だけ自分が人間の姿で休みをとることをみんなが知っていて、こうして人間の姿で、園内を歩いていると動物、人間、どちらからも声をかけられる。みんな事情を知っている仲間だ。そして事務所で自分のことを待っている相手のことも。
事務所に近づくと園長と聞き慣れた声が会話をしているのが聞こえてくる。煌牙は少し緊張した面持ちでドアを開けた。
「おお、煌牙。仕事おつかれ」
「お疲れ様です」
「おつかれ」
小太りの園長の隣に私服姿で立っている、黒髪ですらりとした長身の男、それは十年来の自分恋人である東条黒斗だ。変わらない優しい笑顔に、自分も思わず頬が緩む。
「は、早かったな」
「ん? 時間どおりだと思うけど」
「そうだっけ」
こうして久しぶりに人間の姿で会話ができることが嬉しいくせに、もどかしくて、照れくさい。そんな二人のやりとりを園長が微笑ましそうに見つめている。
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