第三章:屈服。

3/15
925人が本棚に入れています
本棚に追加
/204ページ
「煌牙くん」  授業が終わって家に帰ろうと下駄箱で靴をはきかえている煌牙が、自分を呼ぶ声で振り帰ると、そこには、薄いピンクの上下のスーツを着たみどりが、手を振っていた。 「どうしたんですか?」  今朝もいつもと変わらず自分を見送っていたみどりに、まさか学校内で会うとは思わず、驚いた。 「言ってなかったっけ? 私、この学校の教頭なの」 「えっ」  あまりのことに思わず声をあげる。  そういえば学校について詳しいので、てっきり卒業生か何かだと思っていたが、まさか現職の教頭だとは。 「それは教えておいてくださいよ」 「あはは。そうだよね。ごめんごめん」  あまり悪びれた顔もしない。みどりはどことなく、自分の母親に似たところがある。のんびりとマイペースで、そして憎めない。 「どう? 学校には馴れた?」  食事のときも、ときどき学校での出来事を聞かれることがあるが、家族のような存在の立場で聞かれるのと、学校という組織の人間の立場で聞かれるのは、わけが違う。 「そうですね。馴れてきたと思います」 「獣人も多いし、自分が獣人であることも忘れちゃうんじゃない?」  煌牙は返事をせず、無言で靴を履き替える。  いくらなんでもそれはない。朝起きても、あいかわらず尻尾は生えているし、鏡を見れば、耳だって生えている。忘れられるはずがない。  通りすがりに生徒がみどりに「先生、さようなら」と挨拶をかわし、そのたびにみどりが笑顔で応じている。家にいるときとなんら変わらない。みどりは本当に裏表がないんだと思う。そういうところも、母親に似ている。
/204ページ

最初のコメントを投稿しよう!