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「煌牙くん」
授業が終わって家に帰ろうと下駄箱で靴をはきかえている煌牙が、自分を呼ぶ声で振り帰ると、そこには、薄いピンクの上下のスーツを着たみどりが、手を振っていた。
「どうしたんですか?」
今朝もいつもと変わらず自分を見送っていたみどりに、まさか学校内で会うとは思わず、驚いた。
「言ってなかったっけ? 私、この学校の教頭なの」
「えっ」
あまりのことに思わず声をあげる。
そういえば学校について詳しいので、てっきり卒業生か何かだと思っていたが、まさか現職の教頭だとは。
「それは教えておいてくださいよ」
「あはは。そうだよね。ごめんごめん」
あまり悪びれた顔もしない。みどりはどことなく、自分の母親に似たところがある。のんびりとマイペースで、そして憎めない。
「どう? 学校には馴れた?」
食事のときも、ときどき学校での出来事を聞かれることがあるが、家族のような存在の立場で聞かれるのと、学校という組織の人間の立場で聞かれるのは、わけが違う。
「そうですね。馴れてきたと思います」
「獣人も多いし、自分が獣人であることも忘れちゃうんじゃない?」
煌牙は返事をせず、無言で靴を履き替える。
いくらなんでもそれはない。朝起きても、あいかわらず尻尾は生えているし、鏡を見れば、耳だって生えている。忘れられるはずがない。
通りすがりに生徒がみどりに「先生、さようなら」と挨拶をかわし、そのたびにみどりが笑顔で応じている。家にいるときとなんら変わらない。みどりは本当に裏表がないんだと思う。そういうところも、母親に似ている。
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