第一章:獣人の里で暮らす

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 あの日、突然、耳と尾が生えた息子に、プライドの高い父親は「一族の恥だ」と吐き捨てた。兄もまた「こんな弟がいるなんて知られたくない」と顔をしかめた。もとより、父親と兄は平凡な煌牙とは、あまり折り合いが合わず、会話もなかった。何より、知能も成績も優れている二人は、常日頃から人並みであった自分を見下していて、その態度も幼少期からあからさまだった。  そんな二人と比べて、母だけは煌牙に優しかった。普段から、おっとりとしていて天然気質な母は、学校で呼び出しを受けたときも「わかりました」とあっさり転校を決め、「おかあさん、ワンちゃんが好きだから、犬のお友だちができたら紹介して」と新しい学校について、煌牙よりも期待に胸を膨らませていた。そんな陽気で朗らかな母の存在が、煌牙にはありがたかった。  ガイドマップには『獣人と人間が仲良く住む街――牧歌(ぼっか)』という見出しが載っていて、うさぎの耳が生えた女性と人間の女性が手をつないでいるイラストの表紙が妙にわざとらしい。牧歌は『獣人の里』と呼ばれていて、外部からの獣人の受け入れを歓迎している街だ。会社も獣人の雇用を支援していたり、学校も獣人だけのクラスを編成したり、何かと補助が手厚い。おそらく、母の期待している「犬」どころか、様々な動物の獣人が街には住んでいるのだろう。そして自分もその仲間になるのだ。 「犬なんて狼の格下じゃん」 「格下とかそういうのはいいの。チワワとか、かわいいじゃない! こーちゃんって犬は嫌いだっけ?」 「別に。嫌いっていうか、眼中にないって感じ」 「えー、かわいいのに。パパもお兄ちゃんも犬は毛嫌いしてるから、うちで飼うことはなさそうね」  母は、がっかりした様子でため息をつく。確かに狼の獣人が大半を占める家で、犬を飼うというのはありえないだろう。犬の大半は人間に飼われてチヤホヤされ、人間と共に生きてきている。それに比べて狼は、群れで行動をするが、どこか孤高で馴れ合わない節がある。そんな犬と狼が仲良くなれるはずもない。
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