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無人駅を降り、かろうじて1台だけ停まっていたタクシーに乗り込み、母は年輩の運転手に下宿先の住所を告げる。車を十五分ほど走らせて着いたのは、二階建ての木造家屋の前だった。
「うわ、オンボロ……」
「こーちゃん、声が大きいわよ。住めば都って言うでしょ」
思わず呟いてしまった煌牙を、母がやんわりと諭すが、今まで、賑やかな駅前に家族に住んでいたのだから、その違いに驚いても仕方ない。もし、本当にこの古めかしい一軒家に住むことになるなら、気が滅入る。
「あら、ワンちゃんがいるわ」
管理人の部屋を探していた母は、煌牙の後ろを指差す。煌牙が振り向くと、そこには黒と茶色の毛並の凛々しい犬がこちらをじっと見つめていた。
「シェパードか?」
「警察犬とかで見かける子ね。きっと頭のいい子なんだわ。おいでおいで」
母がしゃがみこんで手を広げると、犬はゆっくりとこちらに近づいてきて、広げた母の手の匂いを鼻先でスンスンと嗅いだ。
「この子、イケメンね」
「そうか? 目つき悪くないか?」
「それがいいんじゃない。凛々しくて、ハンサムくんねぇ」
犬の頭を母が撫でると、抵抗せずに目を閉じている。喜んでいるというよりは、したいようにさせてやっている、という感じだ。
「クロー」
誰かを呼ぶ声がして、犬はぴくりと耳を立て、その声の方向に向かって「ワン」と小さく吠えた。裏から顏を出したのは、母と同じか、少し年輩のご婦人だった。活発そうなショートカットに、動きやすいTシャツ、花柄のロングスカートをはき、手にはジョウロを持っている。土で汚れたゴム手袋をしているところを見ると、庭いじりでもしていたのだろう。それでも、どことなく上品に見えるのは育ちの良さなんだろうか。
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