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「もしかして水嶋さん?」
「はい。東条さんですか?」
「そうです。そうです。あらあら、もうそんな時間でしたか。迎えの車も出さずにすみません」
「いえいえ、こーちゃん、ご挨拶して。こちら、下宿させていただける東条さんよ」
「水嶋煌牙です」
母に背中を押され、煌牙は婦人に向かって、軽く頭を下げる。
「はじめまして、東条みどりです。煌牙くんは狼だったわね、さすが銀色の毛並みが麗しいわ」
「……どうも」
当然、視線の先は煌牙の耳と尻尾なのだろうが、みどりの口ぶりは、純粋に煌牙の毛並を褒めてくれたように感じた。
「ね、クロもそう思わない?」
みどりが犬に向かって話しかけると、クロと呼ばれた犬は視線を上げて煌牙を見つめ、ふい、と顏を背けた。
「クロちゃんって言うんですか。ハンサムですね」
「まぁ、ハンサムだなんて」
母と東条は、まるでお互いの子供を褒め合っているようで、なんとも気恥ずかしい。犬も煌牙と同じ気持ちなのか、つまらなさそうに、後ろ足で耳の後ろを掻いた。
「届いた荷物は、煌牙くんのお部屋に入れてありますよ。お母様、書類だけ記入をお願いできますか?」
「はい。あ、これ、みなさんで食べてください。ゼリーなんですが」
母は手にさげていた紙袋を、みどりに差し出す。
「まあ、お気遣い頂いて、すみません。クロ、煌牙くんを学校に案内してあげたら?」
「え」
「煌牙くんが通う高校は、すぐ近くなの。クロが案内するわ」
みどりは、まるで普通の人間に話すかのように犬を扱う。もしかして、この犬も自分と同じ獣人なのか、とまじまじと姿を見るが、どこからどうみても完璧な犬だ。
「こーちゃん、クロちゃんに失礼のないようにね」
「犬に失礼なことするほうが、難しくないか?」
煌牙くんの反応に興味がないのか、犬は煌牙に背を向けてスタスタと歩き始めてしまった。
「お、おい」
犬に学校を案内されることにも驚きだが、なんというか、自分よりも犬の態度が偉そうな気がする。渋々煌牙は、犬の背を追いかけた。
「いってらっしゃーい」
気楽な母の声を背中に聞きながら、煌牙は犬に追いつき隣に並んだ。
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