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いつの間にか真一は眠ってしまっていた。
珠緒が子供に話しかけているのが聞こえる。真一が瞼を開くと珠緒はまた布の塊を抱いてリビングを歩き回っていた。
(夢じゃなかったか)
諦めにも似た感情が溢れ、真一の目頭を熱くさせた。
真一は堪える事はせず、涙の好きな様にさせる。
涙は感情を抱いて流れ出し、真一を冷静さに向けて、一歩一歩背中を押した。
(落ち着け――落ち着くんだ真一。しっかり考えないと逃げられないぞ)
珠緒が食事をお盆に乗せて運んで来る頃には、真一は冷静さを取り戻していた。
「夕食が出来たけど、静かに食べてくれるわよね?」
真一が無言で頷くのを確認し、珠緒はゆっくり真一のガムテープを剥がす。
「私もこんな事したくないけど、子供の為に汚い言葉は使って欲しくないの。――分かってくれる?」
真一は珠緒自身と手に持つ食事を見て、自分の内からエネルギーが湧いてくるのが分かった。
怒りと食欲だ。
真一は自由になった唇を舐めると目を閉じた。
次の行動の為に、怒りはまだ邪魔になる。
そっと心の奥底へと真一は怒りを運び入れた。
そして目を開けた真一は笑顔を見せる。その場で見せられる最高の笑顔を。
「勿論だよ。俺も急な事だったからさ、ビックリしちゃったんだ。――ゴメンな」
珠緒は微笑みながらゆっくり食事を真一の口まで運ぶ。
真一は素直にそれを受け入れた。
(タイミングだ――タイミングを見誤ってはいけない。恐らくチャンスは一回。その時を待つんだ)
真一は焼き魚を噛み締めながらそう考える。
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