見世物小屋の女(ひと)

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 舞台は福岡と熊本の県境の町でございます。  そこは有明海のそばで海苔の香りがふっとする干潟漁業の町でありました。  露店が集まった市場では、自ら干潟で採ってきたアサリやタイラギやシャコなどを売る女達が所狭しと商売をしておりました。  私は母親に連れられて毎日のように市場に通ったものです。母親と手を繋いで露店の合間合間を縫うように魚介を見定めながら移動します。足元はじゃりじゃりとした貝殻の通路でした。  じゃりじゃりじゃりじゃりと、今でも運道靴の底に感じた貝殻の感触をはっきりと覚えています。  威勢の良い掛け声などはあまり記憶になく、売り子と魚介の下処理を兼ねる女達が地べたに座ってただ黙々とタイラギの身をむいてたという印象でございます。  ご存知かもしれませんが、タイラギはけっこう大きな二枚貝で、身はただ”貝柱”という名前で売られている物でございます。その薄い貝殻は砕くなりして一部は地面に直に捨てられたのだと思います。本当に地面はじゃりじゃりしていたのですから。  今の若い方には想像出来ないかもしれないですが、ほんの前までそんな異国のような風景がほんの身近にあったのでございますよ。今思えば毎日淡々と繰り返される小さな市場の景色は、なかなかシュールな風情であったなと思います。  
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