プロローグ

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「その盗まれた絵というのは?」 「どんな作品かは分からないけど、海外のコンテストに出したいって、販売をせずに展示だけしていた作品なんだって。そんな思い入れのある作品を盗まれてしまったんだから、彼もたまったものじゃないよね」 どきん、と私の鼓動が跳ねる。 なんていう作品だろう? 以前、私とホームズさんは、米山さんの水墨画を見せてもらったことがある。 それは、『枝垂れ桜と鶯』という、色彩のない水墨画だった。 その絵を観ていると、色を使っていないのに、薄紅色が目に浮かんでくる。 色がないからこそ感じた色彩はとても艶やかであり、そんな幻想的に美しい枝垂れ桜や、 花を愛でるように見上げる愛らしい鶯の姿も、印象的だった。 その作品を前にした時、私は圧倒されて何も言えず、気が付くと目に涙が滲んでいた。 隣でホームズさんも、『これは素晴らしいですね』と熱っぽく洩らしている。 そんな私たちを前に、米山さんは少し嬉しそうにこう言った。 『君たちの絵だよ、これは』 えっ、と私たちは瞬く。
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