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「……うん。雨が桜の美しさに嫉妬して、早く花びらを散らしてやろうとしているように思えるんだ。人もそうだよね……誰かが幸せになろうとすると足を引っ張る奴が現われるしさ」
米山さんはそう言って自嘲的に笑い、話を続けた。
「海外の大きなコンクールをものにして、過去の汚名も何もかもすべて返上できるような名誉を手にできればと思ったんだ。できれば、あの絵で……」
おそらく米山さんは、海外の大きなタイトルをものにできたら、正式に佐織さんに結婚を申し込みたかったのだろう。
他の絵でもチャレンジできるのかもしれないけれど、かつての自分の姿と、憧れだった彼女、そして今後そうありたい自分の姿を描いたあの絵は、特別だったに違いない。
自分は芸術家ではないから、そのショックを推し量れるものではない。
どんな言葉をかけて良いのか分からずに、私は目を伏せた。
「……地下鉄の駅までさっと走ろうかな。それじゃあ、ありがとう」
米山さんは、申し訳なさそうに傘を受け取る。
外に出ようとする米山さんに、ホームズさんが「あの」と背中に声を掛けた。
米山さんは、「うん?」と振り返る。
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