プロローグ

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「ええ、本当ですね。六本木での個展も成功されたそうですし」 米山さんが、東京・六本木で彼がもっとも得意とする水墨画の個展を開いた話は、私も香織を通して知っていた。 東京で個展をという話がきたときに、米山さんは『ぜひ、六本木で』と意見を押し通したそうだ。というのも、かつて宮下家が営む『宮下呉服店』が東京進出を果たしたのが、六本木だった。 その結果は、残念ながらお店が大赤字で撤退し、一時経営が傾いたほどだったという。 そのことを知る米山さんは、『俺が六本木でリベンジする』と、あえてその地を指定した。 個展は大盛況で、米山さんは、『これで宮下呉服店の無念を晴らすことができた』と喜んでいたとか。 実際のところ、六本木での米山さんの個展の成功が、宮下呉服店のリベンジになったかどうかは、私にはよく分からないけれど……。 こんなふうに米山さんが懸命になっているのには、わけがある。 米山さんは、佐織さんとの結婚を真剣に考えているようだ。 才能のある画家で、宮下家に婿養子に入り呉服店を継ぐのも厭わないという米山さんに、最初、親も乗り気だったようなのだが、元贋作師であり、しかも執行猶予がついたことのある過去を知って難色を示しているそうだ。 米山さんは、自分の過去を払拭するような活躍をして、佐織さんの両親に認めてもらいたいと思い、いろいろとがんばっているようだ。 六本木での成功は、間違いなく米山さんの印象を向上させただろう。
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