上京6年目

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 前回の反省を踏まえて、免許の写真はなるべくベストなものをチョイスしたかったので、お金が掛かるスピード写真には行かず、履歴書や免許の写真が撮れるという専用のアプリで10パターンほど撮影した写真を持って行ったら、係の警察官に写真のふちと頭の間の距離が小さいだの、陰が多いだの、首が曲がって見えるだの、半分の写真が使えないと言われ、結局また犯罪者みたいな写真が使われることになってしまった。  こういう場所でちょっとした出会いがあったりしてという淡い期待をこっそり抱いていたけど、更新に来ているのはおじさん9割おばさん1割といった感じで、退屈な教則ビデオ(注意散漫な人間は最初から免許あげなきゃいいのにって思った)を見て、そのまま黙って仕事に行った。  病院の夜勤の仕事は、「恐怖の音」ことナースアラームが天敵で、本当に苦しい状態の患者さんがナースを呼び出すのが正しい使い方なのに、ベッドから起きるのが面倒だからテレビを消してくれだの、ただ呼び出してお尻を触って来るジジイだの、クソしょうもない理由で呼び出す患者が少なくなく、面倒な患者さんには下っ端のわたしがいつも向かわされることになり、ストレスで2cmの円形脱毛症ができたほどだ。  高校の頃ソフト部で鍛えた根性で辞めずに頑張れているけれど、休暇でリフレッシュしないとそろそろ折れそう。  ミチコにナイトプールに誘われていて、まだ返事は保留しているけど、どうしようかな……と考えながら明け方の家に帰ると、アパートの階段に一人の男が座っていた。 「ひより」  名前を呼ばれて、わたしはその聴きおぼえがある声に、腰が抜けそうになった。 「フトシ……」  忘れようもない、3番目の彼氏、大田フトシ。印刷所の事務で働く、垂れ目で無害に見えるサラリーマンふうの男だが、女をモノとしか扱えない最悪のDV男。  体中にあざを作り、二の腕の骨を折られた時に警察に逃げ込み、裁判所に接近禁止命令を出してもらった。しかし、紙切れ一枚でその執拗な性格が変わるはずもなく、わたしは夜逃げ同然で入れてもらったDV被害者のシェルターを経て、2年前に三重から福島まで引っ越して逃げてきたのだ。 「どうして……」 「興信所を雇ったんだよ。金掛かったぜ。返してもらわないとな、オマエに」  髪を掴まれ、鳩尾に膝がめり込んだ。息ができない。涙が出る。懐かしい感覚。絶望からの思考停止。
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