上京6年目

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 フトシが小狡(こずる)いのは、外から見えない部分を殴って来るところだ。服で隠れ部分を狙って殴ったり蹴ったりしてくるので、普通に生活しているとわたしがDV被害者とは分かりにくく、三重で付き合っていた頃も、周りの誰もわたしがそんな目に遭っているなんて気付かなかった。  腕の骨を折られて、自転車で転んだにしては不自然だと問い詰められた時に始めて医師に告白し、シェルターを持つ専門の団体を紹介してもらった。子供の頃から慣れ親しんだ三重の地と友人たちと離れるのは辛かったが、そうでもしなければフトシから逃げることはできなかった。 「鍵、出せよ」  自分の部屋の扉の前まで引き摺られて、わたしは声を上げようとするが、「誰か……」まで言いかけたところで右の頬を思い切りはたかれた。  口の中に血の味が広がる。 「ま、誰も起きてこねえだろ。ここでいいや」  フトシは私をアパートの廊下に組み伏せ、シャツを引きちぎり、下着を脱がそうとした。夜勤帰りで汗ばんでいてなかなか脱がせられない。 「あばれんじゃねえ」  静かに、かつ絶対的な優位性を示すようにフトシが耳元で囁き、わたしは恐怖で胃液が逆流する。そこへ、緊迫する状況と裏腹な、間の抜けた第三者の声が聞こえた。 「あのぉ」 「!?」  わたしとフトシが、声をするほうを同時に見た。  服を着てはいるが、全身びしょびしょの男。そうだこの人、銭湯の前にいたあの人だ。手にスマホを持っていて、こちらに向けている。 「撮影中です」 「なっ!」  フトシがぶち切れて立ち上がり、男に掴みかかってスマホを奪おうとしたが、ひょいと屈んでかわされ、勢い余ってそのままアパートの階段を転がり落ちていった。 「フトシ!」  なぜあんなクソ野郎の心配をしなければならないのか謎だが、わたしは反射的に階段のほうに駆け寄った。 「ううう……」  怪我をして立ち上がれずにいるようだが、取り敢えず命に別条はなさそうだ。 「あのぉ、これ」 「えっ?」  男がわたしに小さなチューブを差し出した。歯磨き粉だ。 「前に会った時に、あなたの歯の色が気になって、いつか渡せたらいいなと思って」 「はぁ……」  それはホワトニング効果のある歯磨き粉だった。わたしは確かに煙草を吸うので歯がヤニで多少汚れてはいるが、赤の他人に心配されるほどなのかと、少し落ち込んだ。  その前に訊くことがある。
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