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怖いから、とはさすがに言えずに柚木がおそるおそる間に入る。
しかし、それは逆効果だった。
飛んで火に入る夏の虫とは、このことだろう。
きらり、と、橋口の目が光った。
「そういえば・・・。今更だけど、よくよく見たら、貴方も良いカンジね、柚木さん」
身体を僅かにくねらせ、ねっとりと魅惑的に微笑む。
「は?」
柚木は、ジョロウグモの巣にかかった心地になった。
「目が物凄くぱっちりしててキラキラ光ってるし、唇もいつも笑った感じになってて可愛らしいし、浅黒さが却って健康的で、元気の良い女の子になりそう。そういう子も良いわよね」
逃げ出したい。
けれど、指一本動かない。
「ね。この後、ちょっとウチでコーヒー飲まない?」
コーヒー一杯が大きな代償を呼ぶことは、誰の目にも明らかだ。
「い、いやあ・・・。俺、明日、遠出なんで・・・」
「大丈夫。ちゃんと、起こしてあげるから」
既に話は橋口の家へ泊まること前提に進んでいる。
「・・・心配しないで。今日は、安全日だから」
大胆な発言に、柚木の額に冷や汗が浮かんだ。
この話の流れで、誰がそれを信じるというのだろう。
「いや、確実に排卵日だろ・・・」
こっそりと、池山が断じる。
「は、橋口さん、俺たち、まだ知り合って間がないし・・・」
「これから深く知り合えばいいわ」
「俺、実は下手くそなんですよ。前にそれで彼女から振られたし・・・」
なんとか後ろに下がろうとするが、狭い店内に逃げ場はない。
「そんなこと気にしないで私に任せて。10分で天国へ連れてってあげるわよ?」
ヒュウ、と、本間が口笛を吹いた。
「ええと、橋口さん、さっきは、片桐さんみたいな心を繋ぐキスがしたいって言ってましたよね?」
頼みの綱に思いっきりすがった。
しかし、橋口は非情にもぷつりとそれを裁つ。
「ああ、あれね。あれは・・・。とりあえず今はいいわ」
ぽいっと無残に捨てられた。
「俺の感動はどこに・・・」
あまりの豹変ぶりに、柚木は口をぱくぱくさせた。
「だからね?ウチにいこ?」
首を傾けてにっこり笑い、両膝に手をかけられ。柚木は絶体絶命だ。
このまま、膝に乗り上げられたらもうおしまいだと脳の奧で警鐘が鳴る。
焦りながらも逃げ道を探す柚木は、ふと、あることを思い出した。
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