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あたし、ねこ
手をさしのべられたので。
断る理由が思いつかなくて、とりあえず手を取った。
・・・まあいいか。
バスタオルを被ったまま髪を拭きながら居間に入ると、見知った男が二人、なんとも言えない顔をして見上げた。
「あ。ギャラリーが増えてる」
ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいたのは、同じ部署に所属する同僚の片桐啓介だ。
「お前、実は物凄い長風呂なのな。俺、来てから1時間はゆうに経ってんだけど・・・」
「そうなんだ。いつもはここまでないんだけどね、入浴剤入れてみたら凄く気持ちよかったから、ついねぇ」
「・・・すげえよな。来てみたら、部屋の中、朝っぱらからオレンジの香りが充満してるし・・・」
その隣でノートパソコンをいじっていた同じく同僚の岡本竜也も、ぼそぼそと文句を言う。
「家を間違えたかと思ったぜ・・・」
「なんで?」
心底不思議で首をかしげたら、多少昔気質が残っているらしい岡本が泡を飛ばす。
「いや、男の家じゃないだろう。廊下まで漂うオレンジ臭、ベランダには女物の下着がどうどうと翻って。いったいここはどうなってんだ?」
「べつに、同居してんだから当たり前じゃん」
と、そこに甘い声が割って入る。
「おいで、なっちゃん。髪乾かしてあげるよ」
ドライヤーをコンセントに繋ぎ、佐古真人がにっこり笑って手招きする。
彼はこの家の住人の一人。
家主の従兄であり別部署の同僚だ。
「はあい」
リビングのラグの上に腰を下ろすと、背後から佐古が手際よくドライヤーを当ててくれる。
「なんかさ・・・」
「うん?」
「前から思っていたけど、佐古って、本当に猫っ可愛がりしているよな」
「・・・というより、アイツが猫そのもの?」
「言えてる・・・」
九州男児二人はドライヤーの轟音の陰に隠れてひそひそと本音を交わす。
「まあ、いいじゃないか。二人ともとても楽しそうだし」
背後から、キッチンで洗い物をしている家主の立石徹が苦笑しながら口をはさんだ。
私は今、ひょんなことから同僚の立石徹の契約するマンションの一室にルームシェアさせてもらっている。
「そもそも、真人は俺の妹たちにも毎度あんな感じだよ」
「そうなんだ。お前の所って、何人いたっけ」
片桐が指折り数えた。
立石は七人兄弟の長男である。
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