キャッチボール

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 その夜は、ここ数日の熱帯夜が嘘のような、爽やかな風吹く夜だった。とりわけその川原は周辺に緑が多いこともあり、真夜中になると風は冷たさを孕み、それを受ける肌を喜ばせた。  キャッチボールをする二人は、同じだけ上手く、同じだけブランクがあった。  ジーンズの男は手首が柔らかく、ボールを投げる時のフォームは滑らかだったが、受け止める時はやや無駄な動きが目立った。革靴の男は全身の使い方に無理がなく、安定してボールを受け止めていたが、投げる時にはやや慎重な目になり、少しだけ時間を要した。  二人はかつて頻繁にキャッチボールをし、それから長い長い間、ボールにさえ触れることはなかった。けれどもその日、彼らは偶然酒の席で再会し、終電がなくなるまで二人で飲み、終電がなくなったことを確認した後、都会の街を歩き、この川原に辿り着いた。途中、ジーンズの男の思いつきで24時間営業のディスカウントショップに立ち寄り、ボールとミットを買った。レジで金を払いながら、二人はげらげらと笑っていた。なぜ自分たちが笑っているのか、わからなかった。いや、わかっているつもりだったので、考えもしなかった。酒に酔った時というものは、往々にしてそういうものだからだ。  しかし不思議なことに、川原に立ってミットをはめると、酒というものは最後の一滴まで夏風に攫われていってしまった。二人は困惑した。酒に酔った男二人が真夜中の川原に立つのはおかしいことではない。しかし、まったくの素面で同じシチュエーションに立つと、それはかなりおかしいことだった。それでも、ミットまではめてしまっては、やめるわけにもいかなかった。そこまでして「やめよう」と口にするのも、一層おかしいことのように思えたからだ。
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