みず

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みず

こぽこぽと音がする。例えば、水槽から聞こえる音。例えば、何かが溢れる音。そんな音に似ている。こぽこぽと音がする。目を閉じている私には、その景色は、見えない。 カーテンから差し込む光で目が覚めた。覚醒を促すために洗面台の蛇口を捻り顔を洗おうとすると、胃を押されるような感覚を覚え、それは吐き気となって私を襲う。…医者が妊娠を告げたのは、今から一か月前の事だった。 口直しの紅茶を飲むためにポットに水を汲み、仕事用の椅子に腰を下ろした。目の前のパソコンは私の相棒。こうみえて、小説家の端くれである。出産ギリギリまで仕事が続けられるのは嬉しい限りだ。 キーボードを叩いていると、お湯の沸いた音が響く。茶葉とカップを持ちポットの蓋を開けると、沸騰したお湯がこぽこぽと音を立てていた。 ふと今朝の夢が過った。どこからか聞こえる、こぽこぽという音。掌に汗が溜まりカップが手から滑り落ちると、甲高い悲鳴を上げて粉々に割れてしまった。破片を拾いながら、もう一度夢の事を思い出そうとするが、背筋が凍るような気がして、これ以上考えるのはやめた。なんだか飲む気が失せて、ポットのお湯を放置しながら仕事を再開するのだった。     
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