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つきのないよる
私はその日、雨に濡れながら真夜中の道を走っていた。
この道は人の通りが少なく、特に今日は雨が降っているので私以外この辺りには人が見当たらない。
私は名古屋で事務の仕事をしているのだが、今日はたまたま仕事量が多く、残業をせざるをえなかった。それで残業すればこのザマだ、雨で髪も靴もスーツも、全部水浸しになってしまった。
私はため息をこぼす。
私の家は名古屋から離れた田舎であるため、いつも帰宅するのに、電車を使っても1時間は軽くかかる。それなのに今日は大雨の影響で一時運転見合わせしていたため、9時頃会社を出たが、今はすっかり夜も更け、11時を回っている。
私は月明かりも街灯もない、あるのはごく稀に通る車のライトと、稀にある家の明かりくらいのものだ。私はそんな真っ暗な道をカツ、カツ、と高らかにヒール音を鳴らしながら駆けていた。
すると、どこからともなく声が聞こえた。
――つきのないよるは、きをつけて。あいつは、つきのないよるをこのむから。
その声の元を探す。雨に濡れるのも構わず――というより、もうかなり濡れているので、いっそもう思い切り濡れてしまおうという思いだ――私は立ち止まった。辺りを見渡すも、その声の元は見当たらない。そこにいるのは、闇に紛れた一羽のカラスだけだ。
まさかカラスが……なんて馬鹿な考えが浮かぶのは、きっと私だけではないはず。
カラスの方を向く。案の定、カラスと目が合った。
そして、口を開けてカァカァと鳴いた。
――きょうは、あめふりだ。あいつは、あめふりのよるをこのむんだ。だから、すっごくきをつけて。
微かに聞こえたそれは、やはり夜道に気をつけろということを言いたいらしい。
雨も降っていて、道も暗いから危ないからだろうか。
随分親切なカラスだなぁと思い、私はカラスに目をやって、ありがとう、と言った。
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