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彼はすっかり赤くなってしまった鼻を擦りながら、ボソッと言った。「……悪かった、それから」
「ありがとな、寂しかった、って気付かせてくれて」
そう言って彼は笑った。
今度は歪みなく、純粋な笑顔だった。
「……オレ、人殺すのやめるわ。胸糞悪いしな。お前と会って人生変わったかもしれんわ、ホント」
カハハ、と笑って彼は私に背を向けた。
「オレはこれから真っ当な人間として生きていく。ま、こんな見た目だから無理かもしれんけどな。でも、いつかはどっかで会えるかもな。また会ったら、そん時こそ殺してやるから待ってろよ」
じゃ、と手を挙げ、彼は私から背を向け歩き出した。
「あ、そのナイフはお前にやるわ。オレから生き延びた記念に持ってろよ。また会った時にでも返してくれればそれでいいから」
いや、ナイフを貰っても困るのだけれど、という言葉は飲み込み、私は彼に向かって叫んだ。
「ありがとう!また会おうねー!」
彼は立ち止まることなく、淀みなく進む。私も進まなければ。私はナイフを壁から抜き取ってポケットに入れ、帰り道を急いだ。――幸運なことに、彼に連れ込まれた物陰というのは、私の家の近くだったようだ。
雨はすっかり止み、雲も少しずつ晴れてきていた。
電線から零れた雫が水たまりを揺らし、ポツポツと音を立てた。
――真夜中に出会った彼は殺人鬼。
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