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殺されるというのに、不思議と恐怖は湧かなかった。
むしろ、いっそ清々しいくらいに、夏の澄み切った青空のように、私の心は晴れやかだった。
「…………っ」
また彼の目が泳ぐ。
「ねぇ、早く殺してよ。寂しくなかったんでしょ?なら私の推理は間違ってたってことじゃない。だから殺していいよ」
「……あぁ、殺してやるさ」
彼は一度ポケットに収めたナイフを再び取り出し、私の掴んだままの手首を引っ張って物陰の壁際にまで追いやって、私を壁に押し付けた。
まさか殺人鬼に顎クイだけでなく壁ドンもされてしまうのか――いや、違う、そんなこと思ってないぞ、私は。
物陰に隠れたことで、彼の表情は見えなくなった。
ただ、ふたりの呼吸が聞こえるだけだ。
いつもと変わらないような落ち着いた呼吸と、荒い呼吸が暗い物陰に響く。
「……」
彼は無言で、見えない表情のままナイフを振り上げた。
(お父さん、お母さん。親不孝でごめんね、私はもう死ぬみたい……。三途の川で石を積んで待ってるからね――。)
心の中で両親に謝り、私は目を閉じて、すぐにやってくるであろう衝撃を待つ。
しかし、3秒、5秒、10秒――――しばらく経っても、その衝撃はやってこなかった。
ん?と首を傾げながら彼を見上げる。
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