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Tさんは俳優になる前、アメリカ人と日本商社の間で通訳の仕事をしていたことがあるという。
その頃は戦後間もない時代で、街のあちこちに英語表記された標識や看板が多く、日本でありながら、さながらまるでアメリカの国そのものだった。
Tさんはいつもの様に仕事を終え、帰宅の途中だった。
その頃のTさんは商店街の奥にあった店舗を夫婦で間借りしていた。
角を曲がり、あと少しで商店街に差し掛かる時だった。曲がり角を通ったその時、
ズシリ
途端に両肩が重くなった。
あれ、どうしたんだろう?
背中も重くなってきた。
足取りが重くなる。
健康には自身があったTさん、今までこんな症状になったことがない。
仕事が激務だということでもない。
思い当たらない。何なんだ。
歩くどころか、地面に突っ伏してしまった。
あと少しで家に着くというのに。
携帯がない時代のこと、家に連絡すら出来ない。
収まるまで待つか。或いは誰か通り掛かってくれるのを待つか。
ウンウン唸っていたその時。
「まあ、Tさん、大変!」
近所のおばさんが駆け寄って来た。
おばさんは突っ伏しているTさんに、ちょっと待っていて下さいね。と言ってTさんの肩に手を置いた。その手を背中から腰まで擦ると、あれだけ苦しかった肩や背中が嘘の様に軽くなった。
起き上がったTさんは、狐に抓まれた思いでおばさんの顔を見ると、おばさんはニッコリ微笑みながら、もう大丈夫ですよ、捨てましたから。そうTさんに言い聞かせるように告げた。
あの…何がどうなっていたんでしょう…
突然肩や背中が重くなってしまったんですが。
するとおばさんが、
「本当に大丈夫ですよ、あなたがおんぶしていた大男は剥がしましたから」
大男?私がおんぶ?
おばさんは、つい最近そこの曲がり角で、男が轢き逃げされた事故があったでしょうと言う。
確かにそんな事故があったっけ。英語の標識が読めず、立ち往生していたときに惹かれたとか。でもその男と私と何の関係があるというのか。
するとおばさんが、それは憑依ですよと言う。憑依は波長が合ったときに悪霊が人間に取り憑く事があるという。
おばさんは力の強い霊能者だったのだ。霊能者は人にくっついた霊を剥がし、自分の手に吸い付け、それを捨てる事が自由に出来るのだ。
Tさんは、おばさんがまるで手に付いた埃や汚れを払うかの様にパンパンと音を立てて叩いていたのがとても印象に残っていたという。
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