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その際に、自分の腕を見て凍りついた。
赤黒い色の、小さな葉っぱのような何かの跡が、無数に皮膚に浮いている。
気のせいではなかった。確かに何かが俺の体を押していた。
もしも祖母の言葉をきちんと思い出せず、目を開いてしまっていたら、俺は…。
がくがくと震え出す足に必死に力を入れ、俺は祖父母の家へと駆け戻った。
* * *
祖父母の家に帰り、俺は不気味な痣の浮く腕を見せながら一部始終をその場の皆に伝えた。すると皆は顔を青くし、出かける前にあそこは通るなと言わなくてすまなかったと口々に詫びてくれた。
中でも祖母は、何度もごめんねと繰り返した後、昔言ったことを覚えていてくれてありがとう、えらかったねと、俺を強く抱きしめてくれた。
結局、その後話を聞いても、あれが何なのかを知っている者は誰もいなかった。ただ、ここいらではあの道は魔物の通る道と囁かれていて、その言い伝えと併せて、祖母が教えてくれたあの言葉が存在しているのだという。
もしも祖母の言葉を覚えていなければ、俺はいったいどうなっていたのだろう。改めてそう考えると全身が総毛立つ。
その恐怖は、後々調べたら腕だけではなく、全身に及んでいた赤い痣が完全に消えるまで…いや、消えてなお、俺の中に燻り続けた。
* * *
あれから数年。
祖父母には悪いが、若干のトラウマができてしまい、俺はあれ以来父方の田舎には赴いていない。
それでも毎年、蝉の声が聞こえ始めると必ずあの言葉を思い出し、一度は口にするようにしている。
そうそう行くことはないだろうけれど。田舎に行ったとしても、あの道を通ることは絶対ないだろうけれど。
まず止まるのは虫の声。次に止むのは鳥の声。木々の揺れがなくなったら、風より前に目を閉じろ。辺りに音が戻るまで、決して目は開けぬこと。…肝に銘じてる。
通り魔の径…完
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