真夜中でもいい、会いに来て。

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 夫の匂いがする。だけど、返事も、汗っかきの夫の湿った肌の感触もなくて。 「……真夜中でもいいから、幽霊でもいいから、会いに来てよ……」  返事はない。ただ、夫の匂いがするだけ。  私は、夫が死んでから初めてぽろぽろと涙をこぼした。  私の涙に何より弱かった、夫。  私が泣くと、いつも“しゃーないなぁ”と抱き締めて頭を撫でてくれた。 「……ねぇ、私、今、泣いてるよ」  他ならぬ私自身が。私自身の本当の気持ちで。  涙が止まらない。私は、こんなにも夫を愛していたのだ。 「……私、泣いてるから……ねぇ、会いに来てよ。真夜中でもいいから、こっそりじゃなくていいから、音を立てていいから……」  返事はない。  ただ、夫の匂いがするだけだ――――。   ―――終―――
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