真夜中でもいい、会いに来て。

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 それ以上は、その人の体の様子に関することは覚えていない。確かに私はその人を凝視したのだけれど、私の脳がそれを記憶することを拒んだのだと思う。  私は、その人が夫であるとはすぐに判断できなかった。頭や顔にぐるぐると包帯が巻かれていたからだ。  そこで私は「顔を見せて欲しい」などと言った。顔を見なければ確認のしようがなかったし、顔を見て夫の顔じゃなければいいのにという酷いことも考えた。夫でなければ、他の誰かが悲しむというのに。  しかし、警察官が「お見せできない」と短く答えた。その声だけははっきりと覚えている。その声にはどこか哀れみの感情がこもっていて、“見ない方が良い”と言われているようであった。  私は、警察官の言葉を無視してまで無理にその包帯を取ろうとは思わなかった。包帯を取ってその顔を見れば、記憶の中の夫の顔が上書きされてしまいそうで、怖かったのだ。  その後、私は包帯を巻かれて横たわる人を見ながら、「夫です」と言った。酷く抑揚のない声だったと思う。背筋は冷たいままだった。  顔を見なくとも、わかってしまったのだ。  夫の左手の甲には、大きなアザがあった。目の前で横たわる人にも、同じアザがあった。  そして、その左手の薬指にしていた指輪は、皮肉にも、世界に一つしかない私が作った結婚指輪だったから。
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