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夫のお葬式って、もっと狼狽して泣き崩れるものだと思った。
私はいろんな煩わしいことから解放されて、やっと自宅で一人になった。母が、一緒にいようかと提案してくれたけど、断った。これ以上誰かと一緒にいたら、私はずっともう一人の私に動いてもらうことになってしまう。私は、私自身で動き出さなくてはいけない。
さすがにご飯を食べる気にはならなかったけれど、私はいつもどおりにシャワーを浴びて、歯磨きをして、ベッドに倒れ込んだ。けれど眠れるはずもなく。私は暗闇の中、天井の木目をぼーっと見つめていた。
一人で寝ることは、珍しいことじゃない。夫が夜勤であればこのダブルベッドで一人眠りにつく。
夜勤の日の夫は、真夜中に音を立てずにこっそり帰ってきて、いつの間にか私の隣に滑り込んでいる。私は朝目覚めてから夫がぐっすり寝ているのを見て、こっそり音を立てぬよう起き上がり、仕事のために家を出る。その日の仕事を終えて帰宅すると、私と夫は二日分溜まった話をするのだ。
そんな日常がこれからも続くはずだった。夫が死んだ日だって、そうだった。夫は、夜勤を終えて帰宅して、ぐっすり眠る私の隣に滑り込んでくるはずだったのだ。
私は右を向いた。夫のスペースが、空いている。
時間は午前3時を回っていた。本来なら、夜勤明けの夫が私に布団を掛け直して、ベッドに寝転ぶ時間。
私は、夫の枕を手に取った。
つい何日か前、洗濯機を回してくれた夫に私は「今度は枕カバーもちゃんと洗ってよね」と文句を言った。「次はちゃんと洗うから」そう言って夫は苦笑いしたけど。
そうだ、それが夫との最後の会話じゃないか。
私はその苦笑いの夫に「まったく」と捨て台詞を吐いて、仕事に行った。
そしてその夜、夫は――――
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