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1m先に立っていた彼が振り向き、ゆっくりとこっちに向かってくる。
1歩。また1歩。
その速度は、たった1mをやけに遠く感じさせる。
目の前にいるのに。
ゆっくりと近付いてくる彼の意図が分からない。
「な、に……」
聞こうとしたけれど、それよりも先に彼の手が伸びてきた。
何をされるか分からず、反射的に私は目を閉じ、肩をすくめてしまう。
次の瞬間、額にひんやりと冷たい何かを感じた。
(え………?)
私が恐る恐る目を開けると、目の前には彼がいる。そして私の額に触れているのが彼の手だと認識出来た。
「紺野くんの手、冷たいんだね……」
私はその心地良さを堪能する。
動き回って火照った体に、彼の冷えた手は、最高に気持ちが良い。
「違いますよ。先輩が、熱いんです」
彼はさっと手を離す。
そして代わりに、自分の前髪を上げて、額を突き出した。
コツン、と私の額に彼の額が触れる。
「ほらやっぱり。先輩、熱ありますよ」
目の前に彼の顔がある。
彼の瞳の中に私が映っているのが見える。
突然の近い距離に、私の体温がさらに上がった。
「あ、また熱くなった」
彼は額をくっつけたまま、すかさず実況し、心配そうに私を見つめてくる。
「ちがっ…!今のは、その…」
私はバッと顔を横に向け、額を無理やり離した。
(近すぎて、恥ずかしくなったなんて……言えないよ)
私は本当の事が言えず、口籠もった。
真っ直ぐにこちらを見つめ続ける彼の目が見れなくて、思わず目も背ける。
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