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「早く、早く、早く」
気ばかり急いて、危うく路肩にはみ出しそうになった。僅かな距離なのに随分長く感じたよ。やっと交番の灯りが目に入ったんで、俺は急ブレーキをかけて車を停めると、男の子を抱き上げて交番に駆け込んだ。
ところが、どういうわけか、その交番はすでに大騒ぎだったんだ。
なんでも港の岸壁から車が落ちたって言うんだ。どうやら朝が早い漁師たちが集まり始めたところへ飛び込んだらしい。なんだか胃の中がぐるりと動くような嫌な気分だったね。
何人もの漁師たちに囲まれて、交番にひとり残ってた警官に男の子を保護を頼むと、すぐに救急車を呼んでくれた。それを確認した俺は何かに突き動かされるように岸壁に向かって走ったんだ。
現場に駆けつけると、ちょうど遺体が上がったところだった。いかつい漁師が寒さに震えながら「車の中に遺書があったんだとよ。可哀想に一家心中だそうだ」「下の男の子はまだ見つからんらしい」なんて囁き交わしてた。きっとその男の子は俺が助けた子だ。運よく車から放り出されて流されたんだろう。
そのとき、ゴゥと風が鳴ってブルーシートがめくれ上がった。その隙間から見覚えのある白いブラウスと紺のスカートの女の子が見えたんだ。
顔は透き通るように白く、長い黒髪が濡れて岸壁のセメントに広がっていた。
はっとして俺は女の子の居たところに戻ってみたよ。
でも、そこにはずぶ濡れになった俺のスタジャンが落ちてるだけだった……。
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