人気のない旅館

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「お客さん他にいないと思ったけど、やっぱりいたんだ。なんだあ、せっかくお風呂独り占めできると思ったのになあ」  そんな風にB子さんはちょっと残念にすら思いながら、服を脱いで浴場へ向かったんですがね、それが引き戸を開けてみると、中には誰もいないんです。 「あれ? 確かにお湯の音がしたと思うんだけど……わたしの気のせいだったのかなあ?」  露天風呂の方へ行ったのかとも思いましたが、そちらを覗いてみてもやはり誰もいない。  でも、誰かがそこにいたような気配はあるんです。家でも誰か家族が使っていた後の風呂場へ行くと、湿気とか温度とか、なんとなくそれがわかりますよね? ああいう感じがするんですよ。  なんだか狐に抓まれたような心持ちでしたがそれだけのことでしたし、露天風呂に出てみると、目隠しの塀の向こうからは「い~い湯だな~」なんて、A君の暢気な鼻歌も聞こえてくる。 「そうだよねえ、わたし達以外にいるはずないもんねえ」  首を傾げながらもそう思い直し、B子さんもA君に負けじと温泉を満喫してお風呂から上がったんですが、それから部屋へ戻って夕飯をすまし、眠りについた夜のことです  宿を探し回って疲れたんでしょうね。ちょっとお酒を飲んだりもしたんで、二人はすぐに眠くなって布団に入ったんですが、それからどれくらい経った頃か、A君はふと目を覚ましました。  周りはまだ真っ暗なので朝が近いってわけでもない。別に目覚ましをかけていたのでもないし、それじゃあ、なんで目が覚めたんだろう?  そう疑問に思うA君でしたが、その目の覚めた原因はすぐに知れました。  ……ポタ……ポタ…。  と、何か水滴が床の畳に落ちる音が耳元で聞こえるんですね。  ……ポタ……ポタ…。  静かな夜の闇の中、やけに大きく聞こえるその音に自然と耳を傾けていると、音と音との間隔からして、どうやら立った人間の頭の高さ辺りから水滴は落ちてるようなんです。  そこからA君ははじめ、B子さんが夜中にもう一度お風呂に行って、帰ってきた彼女の濡れた髪からその水滴は落ちてるんだろうなあ…と思ったようです。  でも、薄ら目を開けてとなりの布団を見てみると、そこにはちゃんとB子さんが寝てるんです。
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