人気のない旅館

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 ……ポタ……ポタ…。  それじゃあ、今聞こえてるこの音はなんなんだ? 不意にぞわぞわっと、A君は背中に冷たいものを感じたんですが、その疑問から思わず顔を上へ向けて、水滴が落ちて来るその場所を見上げちゃったんです。  そうしたら、そこにいたんですよ……濡れた黒髪からポタ…ポタ…とA君の枕元へ雫を落とす、白い顔の女がじ~っと彼の顔を見下ろして。 「ギャっ…!」  A君は短い悲鳴を上げて跳び起きたんですが、するとその女はパッと一瞬にして姿を消し、もうどこにも見当たらない。  「なんだったんだ今のは? 夢でも見てたのか?」  夢とも幻ともつかぬものを見て、びっしょり汗をかきながら辺りを見回すA君でしたが、そんな彼の耳に今度は誰かの話し声が微かに聞こえるんです。 「頼むからもう勘弁しておくれよ! あたし達が何したっていうの!」 「なんまいだぶ、なんまいだぶ…なんまいだぶ、なんまいだぶ…」  どうやら女将さんと仲居さんのものらしいんですが、耳を澄ませると、そんな声がどこか遠くの部屋でしてるんですね。 「ねえ、何? あの声?」  先程の悲鳴で起きたんでしょうか? 見れば、となりのB子さんも目を覚ましていて、やはりその声に気づいている様子です。 「知らないけど、やっぱ変だよ、ここ! なるべく関わらないようにして、夜が明けたらとにかく早やく出よう!」  ようやくこの旅館にお客がいなかった理由を理解したA君達は、そう言って頭からすっぽり布団をかぶると、とにかく朝がくるのをじっと待ちました。  初めの内は布団の中で必死に目と耳を塞ぎ、何も聞こえないふりをしていたA君達でしたが、いつの間にやら寝入ってしまったらしく、ふと気づくと辺りは明るくなっていたそうです。 「ああ、なんとか無事に朝が迎えられた。とりあえずこれで一安心だ……」  恐怖の一夜が明け、ホっと胸を撫で下ろすA君達でしたが……ところがですよ、本当の恐怖はその後にあったんです。
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