第1章

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 ある朝、目を覚ますと自分が巨大なカブト虫になって……、はいなかったが、頭にカブトを被っていることを発見した。  そう、戦国武将たちが被っているアレだ。きっと寝ている間に妻がいたずらをしたに違いない。  ……と思ったが、よく考えたら自分は結婚はしておらず、独身だったのだ。  なぜ被っているのか思い出せない。たぶん昨夜、泥酔した状態で帰宅したので、記憶が飛んでいる時間に何かが起きたのだろう。  それが何であったかはあとで思い出すことにし、当面の課題としては、とりあえず会社に行かねばならない。  ところが、カブトを脱ごうとしても、まるで身体の一部のようにぴったりくっついていて脱ぐことができない。しかたがないので、そのまま会社に行くことにした。  駅の改札を抜けるとき、駅員がおれに何かを言いかけたが、結局黙ったままだった。  危険物を車内に持ち込まない、という規則はあるが、カブトを被って電車に乗っていけない、のかどうか確信が持てなかったのだろう。   電車の中では頭が中吊り広告に当たって破いてしまいそうになることを除けば、さほどいつもと変化はなかった。朝の満員電車では他人のことなどかまっていられないのだ。  会社につくとみんながわっと寄ってきた。スゴイ笑える! とか、やるなあ、びっくりしたよ! とか口々にいろいろ言ってくる。  どうやら、みんなを笑わせるためにわざとカブトを被ってきたと思われたらしい。  特に大学を出たばかりの大森は興奮し、 「これはきっと源義経のカブトっす。前立が竜頭で吹き返しが大きい、最も美しいとされるカブトなんすよ」  タイガドラマのときのはどうだとか、レキシガソノトキウゴイタではこうだった、と顔を真っ赤にしてまくしたてる。  義経だろうが、なんだろうが関係ないが、自分の持ち物をほめられるのは悪い気がしない。なんとなく顔がにやける。  そんなやりとりを苦虫を噛み潰したような表情で見ていた部長に、ちょっといいかな、と会議室に呼ばれてしまった。 「社内を明るくしようとするキミの努力は買うよ。生産性を高めるという意味でも会社の雰囲気作りは大事だからね。でもね、カブトはどうなんだろう?」  おれは、朝起きるとなぜかカブトを被っていたこと、脱ごうとしても脱げないことを部長に正直に言った。
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