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「すごいマジックってどういうものだと思います?」
バーのカウンター。少し離れて座っている若い男が言った。
名前はうろ覚えだが、顔は知っている。会社帰りによく寄るバーだからだ。この数年、ここで一、二杯飲むのが、オンからオフへ切り替えるための、儀式のようなものになっている。
「そうだね、やっぱり巨大なものを移動させてしまうやつかな。東京タワーやエッフェル塔を一瞬にして消してしまうマジックがあるでしょ。アレなんかはすごいんじゃないの」
ぼくは彼の話を受け止めた。一人で黙って飲みたいとき、誰かと少し話したいときがあるのだが、この日は話相手が欲しかった。
男はうっすらと笑みを浮かべて、
「あんなの誰でもできますよ。カメラの使い方をちょっと工夫すればね」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、きみがいうすごいマジックっていうのはどういうものなんだろう?」
「相手に気づかれないようなマジックです」
「それじゃ、マジックとして成立しないだろう」
「ちょっと時間がたってから気がつくんです」
「ふ~ん、たとえば……」
「知りたいですか?」
「ああ、知りたいね」
「じゃあ、明日、お見せしましょう。あっ、ちなみにぼくの名前は北村です」
翌日は土曜日で会社も休みだった。どうせ家で寝てるだけなので、いい暇つぶしになる。北村が指定した場所は、人気のないビルの屋上だった。
「どんなマジックなの?」
と北村の顔を見るなり、ぼくは言う。
「瞬間移動です」
「すごいな」
とすこしおおげさに驚いてみせた。一つは自分自身の気持ちを高めるため、もう一つは北村へのサービスの気持ちから。
ちょっと失礼します、と北村は言い、ぼくに目隠しをする。
いいぞ、盛り上がってきたぞ。
「わたしも一緒に移動しますので、手をつないでください」
言われるままに北村と手をつなぐ。
「それじゃいきますよ」
「オーケー」
「着きました」
時間にしたら三秒もないだろう。
「じゃあ、目隠しを外してください」
屋上の風景がひろがる。何も変わっていない。誰かが放置した、サビついたこども用の三輪車も前のままだ。
「失敗したかな?」
ぼくは苦笑いを浮かべながら尋ねる。
「いえ、成功です。今に分かりますよ」
北村はニヤリと笑うとその場から立ち去った。
いったいあれはなんだったのだろう。
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