第五十一段階 冬越しの出来ないトンボ

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第五十一段階 冬越しの出来ないトンボ

あたりが暗くなってきた街並みに街灯が灯り始める頃、歩道の隅に立ち止まってタバコに火を点けようとしていた澤口。 ブリーフケースの中でスマホが鳴りだした。タバコをくわえたままブリーフケースの外側にあるポケットへ手を入れる。 スマホの画面を見て、澤口は少し眉を潜めた。 「杏、どうした?」 「言われた通りにやったわよ。でも、大丈夫なの?」 「何が」 「警察沙汰になったら、嘘がばれないかな?」 「そうはならないから心配するな」 「でもさぁ」 どこか歯切れの悪い杏に澤口は、苛立っていた。 ―――あれだけ、しばらく電話してくるなと言っておいたのに。頭の悪い女は、これだから嫌だ。 「杏、頼むから弱気になるな。心配いらない。俺が良いと言うまで電話してくるな」 「わかってる。隆弘の為だから電話も会うのもしばらく我慢する」 「頼んだぞ。杏だけが頼りなんだ。俺には杏しかいないんだから」 ―――念押ししないと、こういう女はすぐに忘れて約束を破るからな。 「そうよね。私も隆弘だけだよ」 「愛してる。杏」 電話を切ってから、自分が今言った言葉に虫唾が走った。 ―――愛? そんなもの信用する方がいかれてる。     
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