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広い廊下を歩きながらキッチンへ向かう。
他のメイドもいるのにおそろしく静かなのは主人を起こさないためだ。
重いキッチンの扉を開ける。
「おはようクロエ、あらすごい隈。あまり眠れなかったの?」
「おはようグレイシア。ええ、疲れが取れなかったみたい」
わたしは曖昧に笑って誤魔化した。
心配そうに顔を覗き込む彼女に、母親の面影が重なる。
「そう……。ところでクロエ、あなたまた朝食をとっていないでしょう?」
うっ、と言葉に詰まる。
朝食をとる時間を睡眠に当てたくて、ここ最近は食べていなかったのだ。
やれやれとため息をつくグレイシア。
「仕方ないわねえ。こんなものしかないけど、お腹に入れなさい。元気、でないわよ」
そう言ってパンと暖かいミルクを差し出した。
わたしが食べてこないのを見越して用意してくれていたのだろう。
「ありがとう、グレイシア」
彼女のかさついた手がわたしの頭を撫でる。
まだ少女だったときにこの屋敷に来てからもう数年。
メイド長である彼女はずっとわたしの母親代わりをしてくれていたのだ。
キッチンに残っていたパンは硬く、あまり美味しいものではない。
それでも彼女が作ってくれたそれはとても美味しい気がした。
周りの人から好かれる優しいグレイシア。
白髪の混ざる髪を上品に結い上げ、わたし達に穏やかな笑みをくれる。
わたし達は彼女が大好きだった。
彼女はこの暗い世の中を照らす光だった。
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